第5話この件は一度幕を引く

「今日は久しぶりに外にデートでも行くか?」

休日の昼下がりのことである。

恋人の神門天は本日は別の女性を家に招くようなことはなかった。

それも当然な話ではある。

家主であり恋人の私がいる時は天も他の女性を呼んだりはしない。

それぐらいのモラルは存在するらしい。

「ん?どうしたの?急に?疲れているんじゃない?家でゴロゴロしていたほうが楽だよ?」

私はなるべく車に近づけたくはないのだ。

もしもトランクの床下の中身を見られたら…。

そんな心配事から天を車から遠ざけたい。

その物を処分すればいいだけの話なのだが…。

だが私はまだ完全に天を信じ切っているわけではない。

いつかの日のことを想像して、それを準備しておく必要は未だにあるのだ。

「何となく久しぶりに海にでも行きたくてな。家の中ばかりにいると息が詰まる瞬間があるだろ?」

「そうなの?私は仕事で外に出ているから…その感覚は理解できないけど。休日は家で休んでいたいかな…」

「そんなに俺とデートするのが嫌か?」

「そうじゃないけど…。急に言うから…」

「急に言うと何かまずいのか?不都合なことでもあるのか?」

「そうじゃないけど…」

そう応えることしか出来ない。

本当のことを言えるわけもなく私はどうしようもなく口を噤む。

「じゃあ一人で海にでも行ってくるから。車貸してくれよ」

「え…?」

「なんだよ。車無いと行けないだろ?」

「そうだね…。でも運転は危ないよ…」

「危なくないだろ。また母親気取りかよ」

「そうじゃなくて…心配だから。今日はやめよ?」

「いや、俺は行きたいね」

「じゃあ…私も行くから。ちょっと待って…」

「ん。なるべく早く頼むよ」

「うん。すぐ済むから」

妙に心拍数が上がってヒヤヒヤした思いを抱くと私はすぐに身支度を整えた。

もしもこの時間に天が車の中を探したりしたら…。

そんなことを思うと焦って支度を整えることになるのであった。


身支度が整ってリビングに急いで顔を出すと天は呑気な態度でソファで寛いでいた。

「準備できたか?」

「うん…行こ」

天はそれに頷くとソファから立ち上がる。

私達は揃って家を出ると駐車場に停めてある車に乗り込んだ。

「じゃあ運転は頼むな」

「任せて。安全運転で行くから」

「いつものことだろ」

天は私の言葉に苦笑すると助手席で車のオーディオをいじっていた。

懐かしい曲を流した天はそのまま流れてくる曲を口ずさんでいる。

私は運転に集中して四十分程掛けて海まで向かう。

海の近くのコインパーキングに車を停めると私達は久しぶりに海にやって来る。

大きな海を眺めながら砂浜に腰掛けると天は徐ろに口を開く。

「俺を…やりたいか?」

やりたいというのは物騒な意味の言葉だと天の表情を見れば理解できる。

何処か儚く切ない表情を浮かべている天に私の中の邪な気持ちがどんどんと浄化されていくようだった。

きっと悪い事や過ちを犯しているのは天の方なのに…。

「何で気付いたの?」

もはや自白するような言葉を口にすると天は明らかに苦い表情で軽く笑った。

「恋人だからな。何年付き合ってきたと思ってるんだ…」

「その何年も付き合ってきた恋人を裏切ったのは天でしょ?」

「だから…やりたいのか?」

「そんなことは…」

「じゃあトランクの床下にあるものは何だ?」

まさに言い当てられてしまい私は息を呑む。

バレていることに気付くと何も言えずに俯いた。

「犯罪行為は犯すなって言ったのは曲の方じゃなかったか?」

「そうだね…」

「あの物でやろうとしたんだな?」

それに頷いて応えると天は呆れたように嘆息する。

「何処で入手したんだ?」

「ネットで…」

「誰から?」

「わからない。匿名だから」

「そうか。じゃあ警察に行くか…」

「え…?それは…」

「なんだ?犯罪を犯したんだろ?仕方ないじゃないか」

「でも…」

そこで言葉に詰まっている私に天はキレイな笑顔を浮かべて私に向き合った。

「何か勘違いしているようだが…俺が自首する。俺がネットで買ったってことにする」

「え…?なんで…そんな…」

「当たり前だろ?曲が捕まったら俺は一人じゃ生きていけない。初犯だし何も事件を犯しちゃいない。すぐに出てこられるさ」

「それでも…」

「大丈夫。俺を信じろ。口を割ったりしない。全部俺が罪を被る。だから俺が出てこられたら…また養ってくれよ?」

私は天の言葉に涙が溢れそうになり思わず大きく頷くのであった。


二人で海を離れると家の近くの大きな警察署の前で停まるように天に指示される。

私は警察署の駐車場に車を停めると黙って俯くことしか出来なかった。

深い後悔が胸を襲っている。

けれど天はあっけらかんとした表情で笑うだけだった。

「ちょっと行ってくるから。一人になっても俺を待っていてくれるか?」

「もちろんだよ…ごめんね…」

「気にするな」

天はそれだけ言い残すとトランクの床下から物を持って警察署に向かう。

そうして天は逮捕されるのであった。


次回。

新章、数年後。

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