それはどこに続く道
1番好きな物。1番大切な物。
それはどんな時でも絶えず自分の側にいてくれて支え、寄り添ってくれると思っていた。
でも、ひょっとしたらそれは時として驚く程アッサリ離れて……いや、時として自分に牙を向けてくるのかも?
そんな事を感じた出来事が昨日、あった。
昨日、私は高校時代に同じ音楽科で学んでいた男性と会った。
彼と私は結構親しい友人だったが、私が怪我でバイオリンが出来なくなって以降も、お互いに不定期ながらも会っては色々と話してたのだ。
(まあ、私は怪我だけでなく才能なかったんだけど(汗))
ユーモアがあり、私を含む同学年の誰よりも美しい音を出していた彼は、まさに私達のヒーローだった。
こういう人がプロになるんだろうな……と、私も憧れを持ちながら接していた。
ただ、彼が音大を出て以降、某プロオケ(プロのオーケストラ)に入った、と言う話を聞いてからは疎遠になっていた。
彼とは住む世界が変わってしまった、と言う気持ちがそうさせた。
そんなこんなで5年以上ご無沙汰だった彼からの連絡に、私は酷く驚くと共に嬉しさもあった。
彼の活躍ぶりを聞ける。
もう私もプロの音楽家への未練は、完全に成仏させられたので、彼とも真っ直ぐ向き合えるかも、と思ったのだ。
何なら私の小説、読んでもらいたいな……などと、気楽に考えて。
彼と会って近況を聞いた私は内心、愕然とした。
オケを辞めた?
そんな馬鹿な。
彼の才能で有り得ないことだ。
怪我でもしたの?
だが、彼は違うと言った。
プロのオーケストラでは自分なんて下手くそだった。
アマチュアの時は、僕は選ばれた人間だと信じていた。
誰にも負けない。チャンスが有れば、みんなが気付いてくれて称賛される。
そう思ってオケに入ったら、僕は雑音の元でしか無かった。
そのうち指揮者や他の団員から、彈かれるようになったんだ……
私は自分の聞いていることが信じられなかった。
あなたが駄目だったら私なんて……
なんであんな美しい音を出すあなたが?
私の耳がおかしいの?
「京野さん。アマチュアとプロは超えなければ行けない壁が分厚いんだよ。それはその世界に入ってみないと分からない。入ってから自分を作り変えないと行けなかった」
「あなたは完成品じゃなかったの?」
「プロの世界で求められる物があるんだよ。これはうまく口じゃ言えない。相手の要望に答え続けないと行けない。『自分の好きな表現の為の才能』じゃない『相手の望む商品を産むための才能』がいるんだ」
その時、近くを電車が通る音がして、その途端彼はふるえだした。
そのオーケストラにた入ってた当時、アパートの近くを電車が通ってて、そのせいで電車の音を聞くとオケの事を思いだして身体が震えるらしい。
「愚痴になるけど、プロになって天下取った気になってた当時の自分を殴ってやりたい。お陰で僕は音楽を失っちゃったよ。自分の人生だったのに。もうバイオリンの音聞くだけで吐き気がする。全く通用しない状態の芸術ってキツイな。ガキの頃からの自分の全否定だよ」
身体を震わせながら話す彼に私はどう言えばいいのか分からなかった。
そして(挫折して良かった)と思ってしまった自分に酷く胃がキリキリ痛んだ。
なんで彼は私に今日声かけたんだろう?
それを聞くと彼は言った。
「京野さんだったら優越感とか持たずに話を聞いてくれるし、味方になってくれるかな、と思って。当時からいい人だったしね。あと、来年大学に入り直して法律を勉強しようと思ってて。だから君と繋がってコネを作りたくてさ」
そう冗談めかして言う彼に私も冗談っぽく返した。
「もちろん。私で良かったらいつでも協力するよ。あなたはヒーローだもん」
「それ嫌味かよ。でも有り難う。京野さんならそう言ってくれると思った。死ぬ気でやり直したいからさ。毎日死ぬほどつまんないんだよ。プロになる前は何かあれば『練習したい!』『あんな表現をしてみよう』だったのが、今はなくなっちゃったから、1日の空洞がヤバいんだよ」
彼と別れてから自宅への帰り道。
色々と考えた。
一番好きな物で生きていく。
それは学生時代に想像したような黄金の道じゃなく、その人の才能しだいでは地獄に続く道になるのかも知れない。
特に才能で勝負する世界は。
1番好きな物によって自分の全てを否定され、それでもなおそれを愛せるだろうか?
私は自信がない。
良く挫折したスポーツ選手が身を持ち崩す話を見たけど、あれも社会常識がないからだけじゃなく、その空洞に耐えきれなかったのかな?と思う。
彼のために出来る限り力になろう。
古い友人のためでもあるけど、私自身のためでもある。
彼がこのまま立ち直れなかったら、色々と辛いと思ってしまうから。
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