第6話 耐え忍ぶ日々

 教科書の次は、ノートがなくなった。

 ごみ箱に捨ててあるのを見つけたけどビリビリに破かれていて、とても使い物にならなかった。


 ペンケースを開けたら、シャーペンが全部折られていたこともあった。

 きっとボクが席を立ってる間にペンケースを盗んで、シャーペンを折ってからわざわざ戻したのだろう。

 その方がボクが傷つくって、わかってたから。

 そしてその効果は絶大。ボクは泣きたくなるのを必死にこらえたけど、それからは、トイレに行く時も、図書室に行く時も、筆箱やノートを持ち歩くようになった。

 もちろん全部を持ち歩くなんてできないから、あまり効果はなかったけれど。


 そして今日。移動教室から戻ってきてみると、机の中に蛾の死骸が入っていた。


 教科書やノートは無事だろうかと思いながら机の中に手を入れると、ざらざらした感触があって、取り出してみるとそれが蛾の死骸だったの。


 思わず悲鳴をあげて椅子から落ちてしまい、そんなボクを見ながら、遠慮無しに笑う男子の一団が。中井くん達だ。


 一連の嫌がらせが彼らの仕業だということはわかっていた。

 だけどボクは大事にはしたくなかったから、先生にも相談していない。

 黙っていればいつかなるなると信じて、ただ堪え忍ぶだけ。


 ポケットから取り出したティッシュで蛾を包んで、そのままごみ箱へ捨てる。

 中井くん達の笑い声が聞こえてきて耳障りが悪いけど、聞こえないフリをする。


 もうボクのことなんて放っておいてほしい。 ボクが嫌いなら、関わらないで。

 そう思っていると不意に後ろから、誰かが後ろから肩を掴んできた。

 一瞬、中井くん達が来たのかと思ってビクッと身を震わせたけど……。


「小林!」

「佐久間くん……」


 振り返ると、そこにいたのは佐久間くん。

 よかった。中井くんたちじゃなかった。


 嫌がらせを受けるようになってからも、変わらない態度で接してくれる彼にはホッとする。

 話しかけてきたということは、今日も何かおかしな事件の話でも持ってきたのかな?


「何? またボールが無くなったの? それとも、ガラスが割られたりでもした?」


 最近は佐久間くんと話すときが、一番楽しい。

 彼といるときは、嫌なことを忘れられるから。

 だけど今日の佐久間くんは、どこか様子が変。

 辛そうな目でボクを見ながら、奥歯を噛み締めている。


「事件の話なんかじゃねーよ」

「じゃあ、本の話? ボクの最近のお勧めはね……」

「そうじゃないだろ!」

「ひっ」


 大きな声に驚いて、思わず後ずさる。

 すると佐久間くんはしまったと言わんばかりのバツの悪そうな顔をしながら、今度はわざと押さえた声で話してくる。


「お前なあ、そんなこと言ってる場合かよ。中井達に、何かされたんだろ」


 ──っ! バレてた!

 きっと少し前までなら、ボクがなにをされようが気づく人なんていない。もしくは気づいてもスルーされていたと思うけど。

 最近話すようになった彼はボクがどんな目にあっているか、ちゃんと見てくれてたんだ。


 その事自体は、とても嬉しい。

 だけどボクは首を横にふりながら、作り笑顔で誤魔化した。


「別に何もされてないよ。ごみを捨てに来ただけだから」


 大事にはしたくない。

 その一心でウソをついてしまったけど、ボクは元々笑うのが苦手。

 たぶんうまく笑えずに、ひきつった顔になっていたのかな。佐久間くんが納得していないのは、態度を見れば明らかだった。


「すぐバレるウソつくんじゃねーよ」

「ウソじゃないよ。だいたい、何かされたっていう証拠なんて無いじゃない」

「それならオレがみつける……いや、証拠なんてなくてもいい。中井に話つけてやるよ!」


 ボクよりもずっと怒ってる様子で、中井くんのところに行こうとする佐久間くん。

 だけどボクは、そんな彼の腕を慌てて掴んだ。


「やめて。騒ぎを大きくしたくないんだ」

「小林……何でだよ」


 佐久間くんは、やっぱり納得がいかない様子。

 当然だ。もしも立場が逆だったら、ボクだって納得しなかったと思う。

 でもこのまま佐久間くんを行かせてしまったら、きっとケンカになっちゃう。


「本当に平気だから。佐久間くんは何も、気にしなくても大丈夫。だからお願い、このことは先生には黙っておいて」

「平気って、お前……何でそこまでするんだよ。アイツ等をかばってるのか?」


 ううん、そうじゃない。

 ボクだって自分をいじめてくる人をかばうほど、お人好しじゃないもの。

 それじゃあなぜ、誰にも相談せずに動きもしないのか。

 理由も言わないんじゃ、きっと佐久間くんだって納得しない。

 だから理由を、彼にそっと打ち明ける。


「実は、ね……」


 本当は言うつもりなんてなかったけど、佐久間くんならきっとわかってくれる。

 ボクの話を聞いて彼は難しい表情を浮かべたけど、そんな顔しないでよ。

 ボクだって言いにくいのに、頑張って言ったんだから。


 佐久間くんはしばらく黙っていたけど、やがて真っ直ぐにボクを見て聞いてくる。


「小林、お前本当にそれで良いのかよ?」

「うん。ちょっと我慢していれば、向こうも飽きるだろうから。それまでの辛抱だよ」


 平気……と言ったら、やっぱりウソになるかもしれない。

 だけど耐えられないことはないと思う。


 それに佐久間くんがこうして心配してくれるなら、きっと頑張れるよね。


「ありがとう、心配してくれて。おかげで、元気が出たよ」


 そう言って、自分の席へと帰っていく。

 佐久間くんが納得してくれたかどうかはわからないけど、言いたいことは言ったし、きっと大丈夫。


 嫌がらせがなくなって、また前みたいに楽しく話がしたい。

 その日が一日でも早く来ることを、ボクは願った。


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