第4話 名探偵の、小林少年?
そして佐久間くんとの交流は、これで終わりじゃなかった。
次の日も、そのまた次の日も、佐久間くんはボクの席までやってきて、話しかけてくれたの。
「怪人二十面相、読んでみたぜ。と言っても、まだ途中までだけどな」
聞けば佐久間くんは昨日家に帰った後、お父さんが持っているという『怪人二十面相』を早速読み始めたのだという。
たしかに読むって言ってたけど、てっきり社交辞令だと思ってたよ。けど、本当に読んでくれたんだなあ。
佐久間くんは小説を読み慣れていないせいか、読むのに時間が掛かっているみたい。
ボクは一時間くらいで一冊を読み終わるって言ったら、驚いて目を丸くしていた。
「お前、一時間でアレを読めるのかよ⁉ スゲーな。オレなんて一晩掛かっても、半分も読めていないってのに」
「別にすごくないよ。ゆっくりでも、内容を理解できてればいいんだし」
「いや、それがな。実は誰が何をしたか、ちょっとうろ覚えなところもあるんだけどなあ」
小説を読み慣れてないと、そういうこともあるみたいだね。
だけど、そうまでして読もうとしてくれるのは嬉しい。
そうだ、読むのが難しいなら、手伝ってあげられないかなあ。
「佐久間くん、今どこくらいまで読んでるの? よかったら今まで読んだところ、おさらいしてみない? ちゃんと分っていた方がこの先も楽しめると思うけど」
「手伝ってくれるのか? 助かる。ええと、オレが読んだのは確か……」
佐久間くんの話を聞いて、分からない所を一つずつ教えていく。
といっても、ボクは教えるのが下手だから時間はかかったんだけど、それでもちゃんと理解してくれたみたい。
「なるほど、そういうことだったのか。引っかかっていたところが、ようやくわかったよ。今度から分からないところがあったら、小林に聞いてもいいか?」
「うん、かまわないけど……」
って、「今度から」ってことは、今後もこのシリーズを読み続けるつもりなのかな?
それはボクにとっても、ちょっとワクワクかも。
今まで好きな本のことで誰かと話をするなんて、なかったから。
こんなの、まるで友達みたいじゃないか。
「そういや小林、お前がこの本好きなのは、やっぱり自分の名前がキャラクターと同じだからか?」
「え? それは……」
そんなことを聞かれて、ドキッとする。
名前が同じと言うのは、やっぱり江戸川乱歩シリーズの、小林少年のことだろう。
確かに名前が同じことに、親近感は覚えたりはしたけど……。
答えにつまっていると、佐久間くんは可笑しそうにクスクスと笑う。
「やっぱりそうだったんだな」
「ち、違うよ。たまたま好きになった本に、同じ名前の子が出てきただけ!」
「隠すな隠すな。別に良いじゃないか。それに、オレは案外似てると思うぜ、お前と小林少年。この前だって、花瓶割ったのが中井だって推理してたし」
「あ、あれはたまたまだよ」
「そんなことねーって。小林は朝霧小の、小林少年ってとこだな」
朝霧小学校の小林少年。
そう言われて、ちょっとだけ優越感を覚えた。
もちろんこの前のボクの推理はたまたま上手くいっただけだったけど、ずっと憧れていたキャラクターと並べられたのだから、やっぱりつい嬉しくなるよ。
ただそれも束の間。すぐにある事に気づいて、ジトッとした目を佐久間くんに向ける。
「佐久間くん、女の子を捕まえて、『少年』は無いんじゃないかな?」
「そうか? カッコいいと思ったんだけどな。小林なら、なんか似合うし」
「似合うってどういうこと? もう知らない。本でもなんでも、一人で読みなよ」
「悪い、冗談だって。そんな怒るなよ」
そっぽを向いたボクに、佐久間くんは慌てたように謝ってくる。
本当はすぐに許してあげても良いんだけど、何だか必死に頭を下げる佐久間くんがかわいく思えて。
ボクはついつい、怒ったふりを続けてしまうのだった。
◇◆◇◆
あの花瓶事件以来、佐久間くんとはよく話をするようになったけど、実はもう一つ、ボクの周りでは変化が起きていた。
それはクラスで不可解な事件や謎が起きたら、なぜか決まってボクが頼られるようになったということ。
原因はハッキリしている。
ボクにそんなつもりはなかったとはいえ、みんなの前で花瓶を割った犯人を突き止めたんだ。
そしてその日を境に、ボクのことを『名探偵』だの『小林少年』だのと言うようになった人物が、約一名いる。
さすがにみんながそれを鵜呑みにしてるとは思えないけど、元々クラスの中心にいた佐久間が言ってるのが大きいんだろうね。
おかげで何か事件が起きたら推理するのが、ボクの役目みたいになっちゃった。
例えば、置いてあったはずのランドセルが無いとか、給食で余ったプリンを勝手に食べたやつがいるとか。
そんな時は決まって「小林なら推理してくれるんじゃないか?」って、佐久間くんが言いだして、ボクがかり出されるんだ。
けど言っとくけど、ボクは推理小説を読んでるだけで、別に推理力があるわけじゃ無い。
もしもそれができるなら、世の中名探偵だらけになっちゃうからね。
だけどなんの偶然か、ボクはことごとく、クラスで起きた事件の謎を解き明かしてしまったの。
別に大したことないんだけどね。
どこかへ行ってしまったランドセルも、プリンを食べた犯人も、状況を見て少し頭を使えば、簡単にわかることばかりだったんだ。
なのにみんなは、特に佐久間くんは、目を輝かせながら、凄いって言ってくる。
「やっぱり、小林はスゲーよ。さすが朝霧小の、小林少年だよな」
「佐久間くん……だから少年は止めてって!」
そんな風に文句を言いながらも、本当は嬉しかった。
今まで自分のことを何もできないやつって思っていたけど、もしかしたらできることがあったのかも。
運動もダメ、絵も下手、話をしてもつまらない。
みんなボクと遊んだって楽しくないって言うから、いつも一人で本を読んでいるだけだったけど、そんなボクでも探偵になることは出来たんだ。
それがとても嬉しくて、いつからかボクは佐久間くんが事件の話をしてくるのを、心待ちするようになっていた。
「小林、吉田の描いた絵が、誰かに破かれたんだってよ。犯人を捜してくれないか?」
「分かった。まずは状況を教えて」
「宮野の筆箱が無いんだってさ。知恵を借りていいか?」
「了解。それじゃあ、宮野さんに話を聞きに行こう」
「頼む、どうしても解けない謎があるんだ!教えてくれ!」
「どれどれ? って、これって算数の宿題じゃないか!」
そんな風に謎を解いていって……時には宿題を教えることもあったけど。
とにかく事件を解決していくのが、ボクの生活の一部になっていた。
不思議だなあ。佐久間くんと話すようになった事と、探偵をするようになったこと以外は前と変わらないのに。何だか毎日が、とても楽しく思えてくる。
だけど……。
ボクはこの時、調子に乗ってつい忘れてしまっていた。
本当のボクは、一人じゃ何もできない弱虫なまま。
そしてそんなボクが事件を解くのを、面白くないって思っている人がいることに、全く気づいていなかったんだ。
もっと早く気付くべきだったのかもしれない。
ボクがやっている探偵ごっこは、誉められるだけじゃない。
敵だって作ってしまうんだってことを……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます