第3話 佐久間くんとボクのイメージ

 昼休みに起きた、花瓶が割れるという騒ぎ。

 だけど佐久間くんの無実は証明され、真犯人が明らかになって無事解決……だったんだけど。


 席までやってきて、本を読んでいたボクにお礼を言ってきた佐久間くん。

 こういうときは、「どういたしまして」って答えるのが正解なんだろうけど。まさかお礼を言われるなんて思ってなかったボクは、返事に戸惑った。


「あ、あの。別にたいしたことはぁ……」

「え、なんだって? よく聞こえねー」

「ご、ごめんなさい」

「いや、謝らなくてもいいから。それよりさっきの、格好良かったぜ。まるで本に出てくる名探偵みたいだ」


 め、名探偵!?

 ボクが読んでる推理小説に出てくるような、あの名探偵?

 そんな、おそれ多いよ。ボクなんかが名探偵だなんて、そんなの本物の名探偵に対して失礼じゃないか。


「そ、そんなんじゃないから……たまたま、上手くいっただけだよ。ボクがなにも言わなくても、きっと誰かが気づいてたよ」

「なに言ってんだ。小林以外誰も気づいてなかったじゃねーか。もしかして小林って、推理とか得意なのか? 今読んでるそれだって、江戸川乱歩の推理小説だろ。その本、オレの家にもあるもの」

「えっ! 佐久間くんもこれ、読んだことあるの?」


 って、珍しく大きな声を出しちゃった。恥ずかしい。

 けどちょっと意外。佐久間くんって、あんまり本とか読むイメージなかったのに。

 すると彼は、申し訳なさそうに首を横にふる。


「いや、読むのはオレじゃなくて父ちゃんな。これ、スゲー昔の本なんだろ。父ちゃんが小学生のころから好きだったとかで、今も家にあるんだよ」


なるほど、お父さんか。佐久間くんには悪いけど、納得だ。


「父ちゃんもオレと同じで本なんてほとんど読まないけど、なぜかこれだけは読むんだよなー。オレどんな話かはちょっと聞いたことはあるけど、字ばっかりで難しそうだから、読んだことはないんだ。漫画だったら読むんだけどな」


 なるほど、確かに小説を読まない人だと、字がたくさん書いてある文章は難しいイメージを持ってしまうって、聞いたことがある。

 けど実際はそこまで、読み難いと言うことはないはず。特にこの本なんかは、小学生でも読みやすいように文字が大きくて、難しい漢字には振り仮名がふってあるなどの工夫もされているし。


「一度、読んでみたら? それとも、漫画の方がいいかな。ボクも時々読むけど、図書室に漫画版もあったよ」

「そうなのか? つーか小林も、漫画なんて読むのか?」

「えっ? まあ普通に読むけど……」


 そう返事をしながら、佐久間くんが言わんとしていることが何となくわかった。

 どういうわけか小説を読む人は、漫画やアニメを見ないと言うイメージがあるみたい。

 もちろんそういう人もいるけど、ボクは小説も漫画も読むし、アニメだって普通に見る。


「小林って、どんな漫画読んでるんだ?」

「えっと。ヒーローものとか、コメディとか」

「へえー、ちょっと意外だな。てっきり難しい本ばかり読んでるって思ってたのに」


 何その勝手なイメージ?

 どうやら佐久間くんのボクに対する認識は、相当ズレているみたい。

 ボクは別に、難しい本を好んで読んでるわけじゃない。

 面白そうって思うものを手に取ってるだけ。というか、低学年の子でも読める絵本なんかも読んでるんだけどどうやらそっちのイメージはなかったみたい。


 佐久間くんはその後も「オススメの本があったら教えてくれ」とか「小林って頭良いよな」とかしゃべってきて、対してボクは「うん」とか「そんなことないよ」とか、面白味のない返事を繰り返すばかり。

 だけどなにが面白いのか、佐久間くんは笑いながら話すのを続けてくれるもんだから、なんだかこっちまで楽しい気持ちになってくる。


 こういうのを、話し上手っていうのかな。彼としゃべるのはこれが初めてなのに、だんだんと緊張が和らいでいくよ。


 できることなら、もっと話していたい。

 だけど休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴って、楽しい時間は終わりをむかえた。


「おっと、もう時間か。そうだ、さっき言ってた江戸川乱歩の小説で、何かお勧めとかあるか?」

「えっと、初めて読むのならやっぱり怪人二十面相かな? それか、少年探偵団か……」

「そっか。ありがとな、教えてくれて」


 お礼を言って自分の席に戻っていく佐久間くん。

 なんだかこの10分で、1ヶ月分くらい話をした気がする。

 もっとも、ボクはほとんど聞かれたことを答えるだけだったけど。

 彼と話すのは、話すのが苦手なボクでもなぜか心地よかった。


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