第2話 花瓶事件の真相

 佐久間くんが花瓶を割ったと決めるのは早い。

 だけど、見ているだけの傍観者は無責任だ。


「やっぱりアイツがやったんじゃねえの?」 

「佐久間がボールをぶつけて割ったんだろう」

「誰が割ったかなんて、どうでもいいよ。オレ達は関係無いんだし、もう行こうぜ」


 なんて声もある一方で。


「えー、きっと違うよー」

「佐久間くんじゃないんじゃないのー」


 なんて言っている女子もいる。佐久間くんはモテるからなあ。

 けど佐久間くんが犯人って流れは、覆りそうにない。

 彼が犯人だと決めつけるのは乱暴だと思うけど、じゃあ誰が犯人なんだってなったとき、やっぱり一番に名前があがるだろうし、実際にその通りなのかもしれない。


 けど誰が犯人か判断できるだけの証拠が、ボクらにはない……いや、ちょっと待って。

 ボクはある事に気づいて、割れた花瓶に目を向ける。


 教卓の上にあったはずの花瓶は、床に落ちてバラバラ。

 割れた破片に交じって生けられていた紫色をした花も横たわっていて、中に入っていた水が床を濡らしている。

 事件の痕跡はこれだけ。きっとどんな名探偵でも、これらを見ただけでは犯人を特定することは不可能だろう。

 だけど……。


「佐久間くん、後で職員室に来なさいね」

「やだよ。だってオレ、何もしてねえもん」

「佐久間くん!」


 怒る先生と、断固として非を認めようとしない佐久間くん。

 普段のボクならこんなとき、何もしないし言わない。他の子たちと同じように、見てるだけだったと思う。

 だけど、気づいちゃったから。

 ボクおずおずと先生の前に出ると、小さく手を上げた。


「あの、先生。ちょっといいですか?」

「どうしたの、小林さん?」

 いきなりの乱入者に先生のみならず、佐久間くんや集まっていた子たちの視線が、一斉に集まる。

 目立つのは苦手なボクは向けられた視線に圧倒されそうになったけど、それでもか細い声でしゃべり始めた。

「花瓶を割ったのはたぶん、佐久間くんじゃないと思います」

「どうしてそう思うのかしら? 他の誰かが割ったところを見たの? それとも小林さん、まさかあなたが……」

「ち、違います! ボクは関係ありません! ただ、少し気になったことがあって……中井くん、ちょっといいかな?」

「は? オレがどうしたんだよ?」


 不機嫌そうに返事をした中井くん。

 彼も佐久間くんと同じく、男子のリーダー格。背が高くて声が大きくて、たまに女の子をからかうこともある、ボクの苦手なタイプなんだけど。

 向こうは話をふられたのが気にいらなかったのか、文句を言ってくる。


「何だよ小林、オレを犯人扱いするつもりかよ?」

「そ、そう言うわけじゃないけど」

「じゃあどういうわけだよ? お前、オレが花瓶を割るところを見たのか?」

「ううん、それは見て無いよ。でも……」


 鋭い目でにらまれて、本当はすぐにでも引っ込みたかった。

 だけどここで逃げ出したんじゃ、何のために出て来たのか分からない。

 ボクは勇気を出して、彼にたずねた。


「確認するけど、君は佐久間くんが花瓶を割ったところを、見たわけじゃ無いんだよね」

「ああ。けど、佐久間が割ったんだろ。オレは後から来たからよく分からないけど、教室には割れた花瓶があって、その時いたのは佐久間だけなんだから」

「だ~か~ら~、オレが来た時にはもう割れてたって言ってるだろ!」


 佐久間くんが文句を言ってくるけど、今は黙っててくれた方が助かるんだけどなあ。

 上手くいけば、君の無実が証明できるかもしれないんだ。

 ボクは集まっていたみんなにたずねる。


「それじゃあ誰か、割れた花瓶を片付けようとしたり、教卓の近くの物をどかしたりした人はいない?」


 ボクの質問に、みんなそろって首を横に振る。

 唯一佐久間くんが、「オレは花瓶が割れているのに気づいて、破片を触ったけど」って言ってくれたけど、それ以外の物には何も触っていないそうだ。

 そいうことはやっぱり……。


 ボクはもう一度、中井君に目を向けた。


「中井くん。君は佐久間くんが花瓶を割ったところを見ていないのに、さっき『ボールをぶつけて割った』って言っていたよね。見てもいないしボールもどこにもないのに、どうしてそう思ったの?」

「なっ!?」


 たずねた瞬間、中井くんの表情が崩れた。

 さっきみんなが、佐久間くんが犯人なんじゃないかって疑う中、中井くんはたしかに『佐久間がボールをぶつけて割ったんだろう』って言っていた。

 ボクがそれに気づいたのは偶然だったけど、事態を見守っていた子たちはとたんにさわぎはじめた。


「そう言えば、さっきそんなこと言っていたような」

「そうだったか? よく覚えてないけど」

「確かに言ってたよ。けど、ボールがぶつかって割れたって知ってたってことは、まさか……」


 みんなだんだんと、ボクの言おうとしている事が分かってきた様子。

 正直ホッとした。ボクは中井くんの発言を聞いてすぐにおかしいって思ったのに、みんなそれをスルーしてるんだもの。

 もしかしたらボクの方が間違っているんじゃないかって心配だったけど、この様子だとどうやら考えは間違っていなかったかな。

 だけど中井くんは、顔を真っ赤にしながらボクに詰め寄ってくる。


「小林、いい加減なこと言うなよな! オレはそんなこと言っていないぞ!」

「えっ、でもさっき……」

「聞き違いだ! だいたいお前、オレが花瓶を割ったところなんて見ていないだろ。それなのに犯人扱いする気かよ。どうしてもって言うのなら、ちゃんとした証拠を持ってこい!」


 そんな。

 さっき佐久間くんが証拠がないのに疑われてたときは犯人扱いしてたのに、自分に矛先が向いた途端にこの始末。

 けどたしかにさっきの発言だけじゃ、まだ弱いかも……いや、待てよ。


「ちょ、ちょっと待って」

「何だよ。勘違いだって、認めるのか?」

「そうじゃないけど……もしかしたら、これが証拠になるかもしれない」


 そう言ってボクは、床に落ちていた紫色の花を拾い上げる。


「この花はとても香りが強いから。もしも花瓶を割った犯人が、片付けようとして花に手を振れていたら、きっとまだ手に匂いが残っているはずだよ。そうですよね、先生」

「えっ? でも小林さん、その花は……」

「ですよね!」


 珍しく声を大きく張り上げて、有無を言わさずに先生を頷かせる。

 ホントは先生が何を言いたいかは分かっていたけど、ここはボクに合わせてください!


「今から皆の手の匂いを嗅いでいけば、誰が犯人なのか分かるかもしれない。ボクや佐久間くん以外に手に花の匂いが残っているのは、犯人以外にいないはずだから!」


 そう言いながら、ボクは集まっている子達にくまなく目を向ける。すると後ろの方にいた一人の男子、柴咲君が慌てたように手の匂いを嗅ごうとするのが見えた。

 よし、今だ!


「柴咲くん、どうして君は急に、手の匂いを確かめようとしてるの? 手に匂いがついているって思って、焦ったんじゃないの⁉」

「なっ⁉」


 驚いて声を上げる柴崎くん。

 本当はこの花、別に匂いはきつくないんだよね。

 だけどああ言えば、もしかしたらボロを出してくれるかもしれない。その可能性に賭けたんだ。


 男子グループのリーダーである中井君が昼休みに一人でボール遊びをしていたとは考えにくいから、共犯者がいるかもしれないから。

 指摘された柴崎くんは動揺したみたいに、顔を真っ赤にしながら大きな声で叫ぶ。


「お、オレじゃねえって。ボールを投げたのは中井で……」

「あっ、バカ!お前何言ってんだよ?」


 中井くんは慌てたけど、時すでに遅し。

 柴崎くんは今ハッキリと、中井くんがボールを投げたと言ってしまったのだから、今度こそ言い訳はできない。


 おそらく中井くんと柴崎くんのどちらか、もしかしたら他にも関わった人はいるかもしれないけど、とにかく彼らがボールで花瓶を割ってしまい、逃げた後に佐久間くんが来て、彼に罪を擦り付けようとしたのが今回の事件の真相だろう。


 そして逃げる前に、柴崎くんは花瓶の花に触っていたから、ボクの罠にまんまと引っ掛かったんだ。

 ここまで来ると、容疑は完全に佐久間くんから中井くんや柴崎くんへと移った。

 皆が疑わしそうな目で見て、さっきまで佐久間くんのことを叱っていた先生も、今度は二人に怒り出す。


「教室でボール遊びなんてしちゃダメだって、いつも言ってるでしょ。それに人に罪を擦り付けるだなんて……二人とも、後で職員室まで来なさい!」


 みんなの前で怒られて、肩を落とす中井くんと柴崎くん。

 先生は佐久間くんにも「疑ってごめんなさい」と言って謝ったけど、佐久間くんは「分かってもらえたらいい」と、スッキリした顔をしていた。

 よかった~、勇気を出して言って。何も悪いことしてないのに、佐久間くんが悪者にされたままだとやっぱりモヤモヤしてたもんね。


 それからはみんなで割れた花瓶の片づけをしたけど、そのころになってボクはようやく、さっきの自分の行動を振り返るだけの余裕ができてきた。


 思えばよくうまくいったよ。

 花の匂いが手についているというハッタリは、実は前に読んだ本で書かれていた犯人捜しの方法を真似したもの。

 もしも目論見通りに行かなかったら、とんだ赤っ恥をかいていただろう。

 今更になって、嫌な汗が背中を流れてきた。やっぱり、慣れないことはするもんじゃないや。


 それから午後の授業が始まって、事件は完全に終わった……と思ったけど。


「小林、さっきはありがとな。おかげで助かったよ」


 休み時間になるなり、笑いながらお礼を言ってきた佐久間くん。

 まさか今後、彼と長い付き合いになるなんて。この時はまだ知らなかった。

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