小林少年と佐久間くん ~少年探偵団ができるまで~

無月弟(無月蒼)

第1話 何もできないボク

 何もできないダメなやつ。それがボク、小林綾香の自己評価。


 あ、ボクは自分のことを『ボク』って言うけど、これでもれっきとした女の子だから。

 特に理由があるわけじゃないけど、いつからか自分のことをこう呼ぶようになっていたんだよね。


 話を戻すね。

 小学校のクラスを見ても、周りの子は走るのが早かったり話が面白かったり、みんな何かしら得意なことがあるのに、ボクにはそれがない。

 体育は苦手だし、絵を描くのも苦手。重い物も運べないうえに、手先も不器用。


 自分で言うのもなんだけど、神様もよくもまあこんなポンコツを作ったものだよ。

 たぶんすごく疲れてるときにアクビしながら創ったのが、ボクだったんだろうなあ。


 勉強だけは苦手ではないけれど、テストで良い点を取ったって、それはなんの自慢にもならない。

 だってそうでしょう。難しい漢字が書けなくても、最悪平仮名だけでも手紙は書ける。

 分数の計算ができなくても普段買い物するのは困らないし普段の生活では何の問題も無い。


 先生は、大人になれば役に立つって言ってくれるけど、小学4年生のボクにとってそれは、気が遠くなるような未来の話。

 そんな先のことなんて知らないよ。

 駆けっこが早いでも、工作が得意でも、なんでもいい良い。ボクは今、自分にできることが欲しいのに。


 だけど当然、そんな都合よく何かができるようになるはずもなく。

 ある日の昼休み、今日もボクは一人、図書室で本を借りていた。


「すみません、この本借りたいんですけど」


 図書室のカウンターにいた図書の先生に、持ってきた本を差し出す。

 今日借りる本は、江戸川乱歩の小説、少年探偵団シリーズの一つ。

 先生は笑いながら、手続きをしてくれた。


「ふふ、綾香ちゃんは本当に、本読むのが好きなのね」

「ええ、まあ……」


 好きなことは好きなんだけど、友だちがいないから本を読むしかないんだけどね。

 みんなボクと一緒にいたって、つまらないから。あーあ、ボクもこの本に出てくる小林少年みたいに、何でもできるスーパーヒーローみたいな子供だったらなあ。

 少年探偵団シリーズに出てくる小林少年と言うキャラクターは、子供なのに大人顔負けの推理力と行動力のある、ボクの推しキャラ。

 同じ名字なのに、ボクとは正反対だよ。もちろん彼は小説の中の人物だけど、ボクもこんな風になれたらって、つい思っちゃう。

 まあ、なれないものはなれないんだけどね。


 そんなことを考えながら、図書室を出て教室に戻ったんだけど……あれ、なんだか教室の中が、なんだか騒がしいような……。


「何かあったのかな?」


 教室の入り口から中をのぞき込むと、教卓の前にクラスのみんなが集まっている。

 そしてみんなの視線の中心にあるのは、怒った様子の担任の先生と、ばつの悪そうな顔をしている一人の男子。

 そして床に転がっている、割れた花瓶だった。


「もう一度聞くわ。佐久間くん、これはあなたがやったことなの?」

「だから違うって。オレが来た時には、もう花瓶は割れてたんだよ!」


 訴えるように声を上げているのは同じクラスの男子、佐久間くん。


 クラスは同じでも喋ったことがなく、だけど彼のことは一方的に知っている。

 だって体育の時や学校行事の時は率先して動く、目立つタイプだもん。

 一言で表すなら、彼はクラスの人気者。つまりボクとは正反対の男の子なんだけど。


 今の佐久間くんはとても悔しそうな顔をしていて、周りにいた子たちは、彼や先生を見ながらコソコソ話している。


「ねえ、これって何の騒ぎ?」

「私も今来たばかりなんだけど、なんでも花瓶が割れてたみたい。それで先生が怒っちゃって」

「怒られてるってことは、佐久間くんが花瓶を割ったの?」


 この状況を見たら、そうとしか思えない。

 ボクらのクラスの担任は、三十歳になる女の先生。普段は優しいけど、怒ると怖いことで有名な先生で、今まさに眉を吊り上げている。

 だけど佐久間くんは、反論を続ける。


「オレはさっきまで外で遊んでて、戻ってきたら花瓶が割れていたんだって。なあ、誰か割れた所を見た奴はいないか?」

「そう言われてもなあ」

「私が見た時は、佐久間くんが割れた花瓶を持っていたし……」

「それって、オレが割ったのを見たわけじゃないだろ。花瓶が割れてるのに気づいて破片を触ってたら、そこにみんなが来たんだ」


 口をすっぱくして訴える佐久間くん。なるほど、なんとなく話が見えてきた。


 つまり教室に戻ってきたら花瓶が割れていて、第一発見者というだけで犯人扱いされているということか。

 彼の言ってることが本当なら、たまたま一番に教室に戻ってきただけで犯人にされことになるけど、そんなのたまったものじゃないだろう。


 話を聞く限りだと、佐久間くんが犯人だと決めつけるのはどうかと思う。

 だけど教室を包むこの空気。証拠はなくても、みんな『やっぱり佐久間くんなんじゃ』って思ってる雰囲気が、ひしひしと伝わってきて、嫌な感じがする。


 ボクはやっぱり決めつけるのはどうかと思うけど、一度流れてしまった空気は簡単には変わらない。

 どうしよう。証拠もないのに疑うのはやめるよう、言った方がいいのかなあ?


 けど、一歩が踏み出せない。

 ボクはしゃべるのも苦手。こんな大勢の前に空気を読まずにしゃしゃり出るなんて、できないよ。

 こんなのよくないって、分かってるのに……。


「どう思う?」

「よくわかんねーけど、やっぱ佐久間なんじゃねーの? やってない証拠もないんだしさ」


 誰かの声が聞こえたけど、そんなの無茶だって。

 やったことの証拠ならまだしも、やっていないことの証拠なんて、そうそうあるものじゃない。

 例えば真犯人を見つけることができたら、話は別だけど……。


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