第36話:決断

アバディーン王国歴101年1月1日、新穀倉地帯、カーツ公子視点


「ありがとうございます、カーツ様」


「おやめください、聖女深雪に様付けしていただくような立場ではありません」


「え、ですが、これまでは……」


「もう記憶を消すのを止めたので、これから色々と思い出されると思います。

 俺の言動も、その時々でだいぶ違っているのを思い出されるでしょう。

 それは、俺も聖女深雪様に対する態度を迷っていたからです」


「迷っておられたのですか?」


「この世界に無理矢理連れてこられた犠牲者だった聖女深雪様に、横柄な態度を取る訳にはいきませんでしたし、とても申し訳なく思ってもいました。

 それに、誘拐拉致召喚されたばかりの深雪様は、まだ12歳。

 小学校6年生の子が、訳も分からずに異世界に強制転移させられたのです。

 性根の腐った悪逆非道な王や大臣に騙されるのは仕方がありません。

 騙されて、辛く苦しく哀しい救国の旅を強要されたのです。

 しかも、約束されていた王太子妃の座まで無効にされ、国外追放されたのです。

 その時に受けた心の傷は、とても見ていられない大きなモノでした。

 それを忘れていただきたくて、記憶を消したのですが、12歳に戻って地球に帰って頂こうと、俺も態度や言動を変えたのです」


「そうなのですね、本当の私は22歳なのですね?」


「心配されないでください、地球に帰って頂くまでに、完全に記憶を消す魔術を完成させますので、この世界で受けた嫌な想いは消し去ります。

 今の姿、12歳に相応しい心に戻させていただきます」


「カーツ様、それは私に決めさせてください。

 カーツ様が消したという記憶が全て戻ってから、記憶を消したいと思うのか持っていたいと思うのか分かりません、だから、私に決めさせてください」


「そう、ですね、確かに俺が勝手にやって良い事ではありませんでしたね。

 申し訳ありません、一方的な考えを押し付けてしまいました。

 これでは、種豚チャールズ王太子や売女カミラ、腐れ外道ベンジャミン王と変わりませんね、申し訳ありませんでした」


「分かって頂けたのなら、もう謝ってくださらなくて結構です。

 もう2度と同じ事をしないと誓ってくださるのなら、それで十分です」


「はい、もう2度と聖女深雪様の記憶を勝手に消しません」


「それと、この姿ですが、22歳の記憶が戻ったのに、12歳の姿ではおかしいと思うのですが、22歳の姿には戻せないのですか?」


「完全に元に戻すとなると、10年もの救国の旅で負った傷まで再現する事になりますが、傷だけは治しても良いでしょうか?」


「傷ですか、今はまだ傷を負った記憶がないのですが、そんなに酷い傷跡が残ってしまっていたのですか?」


「はい、少なくとも俺が正視する度に胸を痛めるくらいの醜い傷跡でした。

 種豚チャールズ王太子も、その傷跡を婚約破棄の理由にしていました」


「そうですか、ですが、傷を消すのは私が傷を確認してからにしてください。

 カーツ様の言葉を信じない訳ではありませんが、カーツ様がチャールズ王太子殿下やカミラ侯爵令嬢を、悪し様に罵るのが正しいかどうか判断できません。

 記憶が全て戻って、自分の身体に残った傷跡を確かめてから、自分でどうするのか考えさせていただきます」


「はい、分かりました、聖女深雪様のお考えに従います。

 ただ、これだけは覚えていてください。

 これからも、聖女深雪様が消したいと思う嫌な記憶を完全に消す魔術を研究し続けますので、消したいと思われたら正直に言ってください。

 身体の傷は今でも完全に消す事ができますし、年齢もこの世界に無理矢理連れてこられた年頃に何度でも戻せます。

 記憶が戻って身体の傷が嫌になっても絶望しない、自殺しないと誓ってください」


「大丈夫です、私はそれほど弱くありません。

 少々の傷跡で自殺などしませんし、嫌な思い出が蘇ったとしても、自分で命を絶ったりしませんから、安心してください、大丈夫ですよ」


 本当にそうならいいのだが、表向きは平気なフリをしていても、内心ではとても深く傷ついているのが聖女深雪だ。


 それが分かっていたからこそ、俺は聖女深雪の苦しみに満ちた記憶を消したのだ。

 一番楽しいはずの青春の日々を取り戻せるように、若返させたのだ。

 

 何故か記憶の完全消去に失敗してしまって、結構な時間が経った事もあり、自分の勝手な行動を反省している。


 物凄く傷ついていたとしても、それも大切な記憶だ。

 特に、傷つけた相手に復讐する権利は、傷つけられた聖女深雪にある。


 聖女深雪なら、復讐する権利を放棄して相手を許してしまう。

 それでも1度は自分で決めてもらってから、俺が自分の意志で報復すべきだった。

 聖女深雪を復讐の理由にしてはいけなかった。


 それに、俺は聖女深雪なら全ての人を許すと思っているが、もしかしたら美化しすぎていて、自分の手で復讐すると言うかもしれない。


 復讐まではすると言わなくても、もう助けないと言うかもしれない。

 2人で造った穀倉地帯で採れた穀物を、アバディーン王国以外の貧民に与えると言うかもしれないのに、俺が聖女深雪からその思いと権利を奪ってしまった。


 聖女深雪の記憶と身体を元に戻してから、改めて決めてもらおう。

 聖女深雪が助けたくないと言ったら、1度与えた食糧も取り上げよう。


「必要な命力、魔力、気力は全て使っていい。

 聖女深雪から奪った記憶を全て元に戻せ。

 勝手に若返らせた身体も元に戻せ、アンドゥ」

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