第26話:無限地獄

アバディーン王国歴100年11月10日、王都近くの街道・チャールズ王太子視点


「何をしている、さっさと馬車を用意せよ!」


「けっ、何様もつもりだ?!」

「本当だぜ、己の所為で国が滅んだのに何を偉そうにしてやがる!」

「ムダ、むだ、無駄、種豚王太子、いや、もう単なる種豚だな。

 頭の中がからぽの種豚に何を言っても無駄だぜ!」


「世界最強の俺様に逆らってただで済むと思っているのか?!」


「けっ、王や国が怖くて負けたフリしていたのを本気にしやがって!」

「そうだ、手加減してもらっていたのも分からない種豚が!」

「もう時間の無駄だ、さっさと手足を斬り落として先を急ごう」


 ギャオオオオオ、いたい、イタイ、痛い!

 もう地獄は終わったのではないのか?!

 カーツの糞野郎の力は尽きたのではないのか?!


 俺様の右腕が、上腕の半ばから斬り飛ばされた。

 その時の一撃で、右胸も潰されて耐え難い痛みにさいなまれる。


 俺様の左腕も同じだ、肘の少し上から斬り飛ばされる。

 左わき腹が激しく痛むが、もう左右どちらが痛いのか分からない。

 耐え難い痛みが身体中から伝わってくる。


 右脚は、膝の所から折れ曲がってしまった。

 両腕のように斬り飛ばされていないが、膝の骨がむき出しになっている。

 

 左脚もほぼ同じだが、左脚は膝だけではなく大腿も下腿も折れ曲がっている。

 1度で充分なのに、2度も3度も剣を叩きつけやがった!


 本当の俺様はもっと強いのだ、こんな騎士や徒士に負けるはずがない。

 カーツだ、カーツの卑怯者が呪いをかけたのだ!


 そうでなければ、生まれてから1度も負けた事がない俺様が、こんな程度の低い騎士共に負けるはずがないのだ!


「けっ、身の程を知りやがれ、種豚!」

「そうだ、王太子の地位が無くなったお前に手を抜くはずがないだろう!」

「もうバカの相手は止めろ、これ以上カーツ様の獲物に手を出したら、またあの生き地獄に戻されるぞ!」


「いやだ、もう嫌だ、絶対に嫌だ、あんな世界には戻りたくねぇ!」

「そうだ、あんな無限地獄はもうごめんだ!」

「だったらさっさと種豚と離れるぞ、巻き添えになるのはごめんだ!」


「おい、待ってくれ、俺も巻き添えはごめんだ!」

「そうだ、もうこれ以上種豚の巻き添えは嫌だ!」

「グズグズするな、できるだけ距離をとるんだ、もう2度と言わないからな!」


「わかったよ、悪かったよ、だから置いて行かないでくれ!」

「そうだ、俺たちはずっと一緒だったろ?!」

「ついてくるなら絶対に盗みはするな!

 平民を傷つけたらカーツ様の逆鱗に触れると思え!」


 俺様を傷つけた無礼者共が遠く離れていく。

 あまりに激しい痛みに『待て』と命じる事もできない。

 王宮の中で味わった痛みよりも激しい、身体を動かせない痛みだ!


 俺様ともあろう者が、地面に這いつくばって痛みに耐えないといけない。

 治療術士もいないので、傷を治す事ができない。

 王宮の死ねない地獄とは違って、傷が治らない。


 傷は治らないが、血は止まっている。

 死ぬ事もなく、激し過ぎるいたみにのたうち回る事もできない。

 のたうち回ると身体中の傷から激しい痛みが伝わってくる。


 だからといって動かなければ痛くない訳ではない。

 両腕、両脚、身体中から耐え難い痛みが伝わってくる。

 世界最強の俺様が黙って痛みに耐えているのに、誰も助けに来ない。


 耄碌王は何していやがる、さっさと助けに来い!

 カミラ、さっさと聖女の力で俺様を治せ!

 愚か者の大臣、義父になるならさっさと治療術士を連れて来い!


「うぎゃ、うぎゃ、ぎゃ、ぎゃ、ぎゃ!」


 なんだ、俺様が話そうとしているのに、言葉にならない?

 まるで獣が叫んでいるかのような声がするだけだ。

 舌がないのか、歯がないのか、何がどうなっているんだ?!


「うぎゃ、うぎゃ、ぎゃ、ぎゃ、ぎゃ!」


 鏡だ、鏡を寄こせ、世界最強で世界で1番美しい俺様を写す鏡を寄こせ!

 なぜ誰も近寄って来ない、なぜ誰もひれ伏さない?!


 平民の分際で、俺様を見下ろすなど絶対に許さん!

 殺せ、今直ぐこの無礼な平民を斬り殺せ!


(何と醜い、まるでゴブリンのような顔だな)


 イタイ、いたい、痛い、頭の中に響く声が痛い!

 無礼者、もっと小さな声で話せ、斬り殺すぞ!


(念話が伝わるだけで痛いとは、なんと邪悪な生き物だ。

 とても人間とは思えない邪悪さだ。

 いや、人間だからここまで邪悪な存在に落ちる事ができたのか。

 獣だと、食べる必要がない時は命を奪わないからな)


「うぎゃ、うぎゃ、ぎゃ、ぎゃ、ぎゃ!」


(顔といい、言葉といい、まるでゴブリンだな。

 カーツ様の思惑では、何千何万回と虫や獣に輪廻転生させた後で、人間になれるかどうか判定するためにゴブリンにするはずだったのだが、人間のままゴブリンに堕ちるとは、よほどの悪行を重ねなければありえない!)


 うるさい、うるさい、うるさい、何を言っているのか全然わからん!

 世界最強で賢者でもある俺様がゴブリンに変化しただと?!

 そんな事があるはずないだろう、愚か者が!


「うぎゃ、うぎゃ、ぎゃ、ぎゃ、ぎゃ!」


(これは、1度戻ってカーツ様の判断を仰ぐしかない。

 ドラゴンのブレスで灰にされても元に戻るほどの魔術がかけられているから、カーツ様の所を往復するくらいは大丈夫だろう)


「うぎゃ、うぎゃ、ぎゃ、ぎゃ、ぎゃ!」

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