第2話
「なんだかWデートみたいでいいね」
はしゃぐアサミの隣で私は早く家に帰りたいと願っていた。約束の時間まであと十分で、二人はまだ来ていない。
女子中高に通っていたため思春期以降、男性と接触する機会は父親と教師以外あまりなかったせいもあり、こうやって男の子と外で遊ぶのはほぼ初めてで、その上、二人とはほとんど話したことがなかった。緊張するのも無理はない。
どんな話をすればいい?前髪は変じゃないだろうか。メイクは崩れていないだろうか。隣にいるのもイヤだと思われないだろうか。今日という日に合わせてアサミに選んでもらった青のシャツワンピを着こなせているだろうか。次から次へと現れる不安が、頭をどんどん重くしていった。
「お待たせしました」
「ごめん、待った? おわ、二人とも超カワイイー! アサミのピンクパーカは女の子らしくてすごくいいし、ガラちゃんのカジュアルワンピも似合っている」
五分前になってマッツンと小荒井くんはやってきた。マッツンは黒パンツに白ブルゾンを羽織ったチャラそうな格好で、隣の小荒井くんはジーパンにTシャツだった。アサミは二人を見較べながら、ふふんと笑った。
「ありがとうー! 今日のこの日のためにみつくろったんだ。でもマッツンはともかく、コアラは全身GUじゃん。もっと服に気合い入れてきてよ。あと女の子を待たせるな。ということで今日のお昼、マッツンおごって!」
「了解了解。サイゼでいい?」
「仕方ないな。ドリンク飲み放題つきでよろしく」
「いいよ。その代わり全員、ミラノ風ドリア一択な」
「一番安いメニューじゃん!」
そうやってどんどん先行するアサミとマッツンの二人を、私と小荒井くんが追いかけるような形でその日は進んだ。
かわるがわるUFOキャッチャーに挑戦して惨敗したり、ポップンを極めたもの同士の熱いバトルをマッツンと繰り広げたり、メイド喫茶のメイドさんに萌え萌えニャン返しができない仏頂面の小荒井くんを三人で笑ったり、なぜか流れでスカイツリーに行くことになって、スカイツリーをバックに四人が入る集合写真を撮るのに失敗していたら、近くのカメラマンにコツを教えてもらってすごくいい写真が撮れてみんなで喜んだり、本当に無計画で、でも、どこに行っても楽しくて、大学生っぽい一日を楽しんだ。
「それじゃあ私、ちょっと寄るところあるから!」
「俺もー」
夕暮れが差し迫って、そろそろ解散の雰囲気が漂う中、駅に到着するなりアサミとマッツンはそう言ってさっさとどこかへ行ってしまった。
嵐のようにしゃべりまくるアサミとマッツンがいなければ、途端に場は静まり返り、私と小荒井くんが沈黙の中に取り残された。アサミと途中まで一緒に帰るつもりであったため、思いもよならない展開だった。
「あ、えっと、小荒井くん、どこで降りるの?」
「大学近く」
「じゃ、じゃあ、新宿まで一緒だね」
とりあえずホームまで向かったものの、沈黙は続いた。
新宿までこのままだと非常に辛い。何か話題を出そうにも、心の準備ができていない状態では何も思い浮かばない。
「前から気になっていたけれど、なんでガラって呼ばれているの?」
早く電車が来てくれないかと焦っていると小荒井くんが聞いてきた。よく聞かれることだったので条件反射で口は開いた。
「高校の時に、骨と皮しかなくてトリガラっぽいねって友達に言われたのがきっかけであだ名になって、いつの間にか短縮されてガラって呼ばれていた、っていう話をしたらそのまま大学でも定着したから」
この話をした時の反応は、笑われるか困惑されるかの二パターンだった。小荒井くんはどっちだろうか思っていると、へぇとつぶやいて相変わらず真面目そうな顔をしていた。初めての反応だった。
「そのガラってあだ名、好きなのか?」
「うーん、好きでも嫌いでもないかな。初めは、なんだそれ、もっとカワイイいいのがいいって思ったけれど、体に馴染んてくるとまあいいかってなった。それにあだ名って自分の意思でどうにかなるもんじゃないし。小荒井くんはどうなの? コアラっていうあだ名は好きなの? というかなんでコアラって呼ばれるようになったの?」
「コアラのマーチを食ってたら、マッツンが『お前、そういえば最初の三文字だけで呼んだらコアラだな』って言ったのがきっかけ」
「コアラの生みの親、マッツンだったんだ」
「そ。同じ高校だったんだが、アイツ、いっつも突っ走っていろんなもんに手を出すわりには、面倒になるとこっちにぶん投げてくるんだよ。おかげでいつも尻拭いをさせられる」
「一年生の時の飲み会も、そういう流れだったのか」
「あーそんなこともあったな。懐かしい。あん時もマッツンが適当に会計やったせいで、なぜか金が多く余ってめちゃくちゃ頭悩ませたわ。第二回に全部回そうという結論になって、なんとかなったけれど」
こっそり猫ババすればいいのに、本当に真面目だなと思った。
「でも、いいやつなんだ。俺が男一人で人形劇部入るのは変だから諦めようとしていたら、マッツンが男二人ならいいのかって言って一緒に入ってくれたんだよ」
「マッツン、あまり人形劇部っぽくないと思ったけれど、そういう理由だったんだ」
「ああ。男が人形とかドール作っていたら普通、顔をしかめられるけれど、アイツ、そういうところ全然ないし」
「仲がいいんだね。そういえば今日、ドールのパーツを見る暇が全然なかったけれど、もしかして行きたかった?」
「あー実はちょっと思ったけれどまあ、いいかなって」
「もしイヤじゃなかったらだけど、今度、付き合おうか?」
勢いで出てきた私の言葉に、小荒井くんは面食らった顔をした。
「いいのか? 正直、男一人で買いに行くの、気が引けててずっといけずじまいだった。でもタダで付き合わせるのはなんか悪いな」
「じゃあご飯おごってくれる?」
「サイゼでいいなら。ミラノ風ドリア一択で」
「一番安いメニューじゃん!!」
私がアサミ風にツッコむと小荒井くんは吹き出して、二人で笑った。
ああ、こういうの、本当にいいなと思った。
この三人でまた遊びたいという、なんの志もない邪な気持ちで私は人形劇部に入ろうと決めた。
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