青い果実は実らない

ももも

第1話

 小荒井こあらいくんのことを初めて認識したのは、大学に入ってすぐの学年飲みだった。有志で行われたその飲み会は、もともと学部人数が少なく第一回とあって参加率八割を超える大規模なものになった。

 広い大広間にぎっしり敷き詰められた新入生たちは、初めはギコチない雰囲気の中、互いにどういう出方をするか探り合いをしていたけれど、時間がたつにつれエンヤエンヤの騒ぎになっていった。現役だったら年齢的には飲めないはずなのに、いつしか広間にはアルコールの匂いが充満し、中には倒れている人間も現れ、これが飲み会というやつかと驚いたのをよく覚えている。

「みなさま! 宴もたけなわですが、そろそろお時間になりました。ここで本日、この会を主催してくださった小荒井くんの締めの挨拶に行きたいと思いまーす!」

「は、恥ずかしいだろう、マッツン! 俺はお前がやりたいって言うから付き合っただけで……!」

 広間の中心でみんなの視線を集めたのは、マッツンと呼ばれたチャラそうなノッポと、彼に腕を引きずられる真面目そうな男の子だった。小荒井くんは腕を振り払って席に戻ろうとしたが、いいからいいからとマッツンに押され、渋々と話し始めた。

「えーみなさま、本日はお集まりいただきありがとうございます」

「コアラくーん、すでに長くなりそうなんですけどー」

「おい飲み足りねぇぞ、コアラ」

「二次会会場どこだー! コアラァ!!」

「お前ら、ウルセェな!!」

 酔っ払いのヤジを抑えて真面目に司会を続けようとする小荒井を見ながら、名字の最初の三文字をとってコアラなんだと妙に感心した。それが最初の記憶だ。



 次の記憶の始まりは二年生になった時だ。

 初めに入ったサークルが思っていたより暇で、どこかのサークルと掛け持ちしようかと考えていたら、声をかけてくれたのがアサミだった。

 アサミは別のグループだったけれど、実家組で通学ルートが途中まで一緒だったのでよく二人で話しながら帰る仲だった。

 アサミはパッと見は小柄で可愛らしいが、中身はハキハキして言いたいところはスパッと言う女の子で、やや強引なところが優柔不断な私にはとても噛み合った。

「うち、人数足りてないからガラが入ってくれたら助かるー! とりあえず見学だけでもしていってー!」

 アサミに連れられてこられたのは、サークル棟の二階にある人形劇部の看板を掲げられた部室だった。

 アサミの後について中に入り、部室の左隅の机でオオカミの人形を作っていたの人物を見て、あっと思った。小荒井くんだった。彼は入ってきた私たち二人に一度視線を向けると再び作業を続けた。

「コアラ、新入部員だよ」

「まだ見学の段階ですがよろしくお願いします」

「おう」

 小荒井くんは短く返事したが、顔は人形に固定されたままだった。

 集中しているといつもあんな感じなんだとアサミは言うと、靴を脱いで部屋の中心に座ったのでそれに習った。

「うちはその名のとおり、人形劇をする部活だよ。幼稚園とか保育園を回っていろんな劇をするんだ。人形も舞台も全部手作りで、今は赤ずきんちゃんの劇をするための準備中。コアラ、手先が器用でさ。彼が入った途端、人形の造形レベルがグッとあがったって評判だったよ」

「へー」

 背後を振り返れば相変わらず、小荒井くんは人形と向き合っていた。

「小荒井くん、ローゼンメイデンとか好きそう」

 彼の手を止めてみたい。そんなイタズラ心から出た私の言葉に、彼の手は思惑通りピタリと止まった。

「まあ、好きだけれど」

 彼はポツリというと、再び手を動かし始めた。

「やっぱり。なんとなくそうじゃないかと思った。高校の友達もローゼンメイデンが好きでドールにもハマってて、アキバまでパーツ買いに行くのによく付き合っていたんだよね。アキバもいったりするの?」

「ない」

「あー! 私、アキバに行ってみたい。一度行って見たかったんだよね。ガラ、今度行こう! コアラも行こうよー」

 アサミの突然の提案に、小荒井くんの手は再び止まった。私もとまどった。アサミと二人ならいいけれど、小荒井くんがいるとなると話は別だ。友達でもなんでもないし、寡黙そうなこの男と話が続けられる自信がない。

「おお、新入部員?」

 そこへ部室に入ってきたのがノッポな男だった。あの飲み会の日、小荒井くんを引っ張っていたマッツンだ。彼とも話したことはなかったが、陽気で何かとウケを狙って講義を賑やかす彼は同じ学年の中でも目立っていた。はっきり言って人形劇部にいるなんて思いもよらかなった。

「お、マッツン。ちょうどよかった。今度の日曜に私とガラとコアラの四人でアキバに遊びに行こう!」

「ハイ、ヨロコンデー!」

「居酒屋かーい!」

 ぽんぽん勝手に話が進んで行くのを尻目に小荒井くんの顔を見ると、まじかという顔をしていた。私の顔にも同じ言葉が書かれていたと思う。

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