FIRE DESIRE

海陸

「この紋所が目に入らぬと申すかー!」


 紋所も印籠も持っていない。秋月あきづき千夏ちなつが所持しているのは、本人の名刺だ。


風車かざぐるま宗治そうじを讃える会?」


 組織の正式名称がデカデカと印字されている名刺は、組織に加入してから一ヶ月の研修を終えてから配布される。千夏も伊代いよも携帯しているが、伊代はここまで堂々と部外者に見せつけることはない。他のメンバーもそうだ。千夏がおかしい。


六道ろくどう海陸かいりさんについて、お話伺えませんか?」


 本日の霜降そうこう伊代はお決まりのファッション――グレーのパンツスーツとポニーテール――で、千夏同行していた。千夏は破天荒な新人ではあるが、服装はいたって普通で、オフィスカジュアルにおかっぱ頭といった出立ちだ。この二人で行動していると、キャリアウーマンな先輩と新人OLな後輩に見える。


「海陸……?」


 千夏から名刺を受け取った男性は、聞き慣れない言葉を聞いて首を傾げた。三十代後半で無精ひげを生やしたこの男性――名前を、六道てるという――の自宅に、二十九歳の伊代と二十三歳の千夏は〝ある調査〟のために訪れている。


「海陸さんは六道さんの姪っ子、ですよね?」


 思っていた反応と異なっていたので、伊代が情報を付け加えた。


 六道海陸。能力者研究の第一人者にして唯一の専門家であった氷見野ひみの雅人まさひとを能力で殺害した、とされている少女だ。海陸は神佑大学の別館に火を放ち、博士ともども焼死している。


 今回は任務ではなく調査であり、風車宗治の近辺にいた人物について根掘り葉掘り調べている千夏が、伊代を巻き込んだ形である。表向きには、千夏が組織にとって不利益なことをしないかのお目付け役として伊代は同行している。


 彼女としては、父親と親しかった氷見野博士の死因をより詳しく知りたい。彼女自身も氷見野博士とは交流があった。組織に加入してからは任務に忙しく、会いに行けていない中での訃報だ。無念の気持ちがある。


「えぇ……? ぼくに姪っ子はいませんよ……?」

「そんなバカなー!」

「秋月さん」

「これだけで無礼ポイントなの?」

「はい」

「でもでも、六道輝さんは海陸ちゃんを引き取って暮らしてたっていうじゃあーりませんかぁ! いませんってコトはないの!」

「亡くなられた海陸さんの仏壇があると聞いていますが」


 アポもなくいきなり自宅へ押しかけてきた初対面の女性二人からずけずけとを言われて、輝は「知りません!」と不快感を露わにし、名刺を千夏に突き返す。強い力で自宅の扉を閉めてしまった。物理的な壁と精神的な壁の両方が東西ベルリンを阻む壁のごとく築かれた瞬間だ。


「あっ……」

「六道さーん! まだ話は終わってないの!」


 どんどんどん、と扉をノックするというよりは力任せに叩き始める千夏。輝の隣の部屋の住民が「うっさいよ!」と怒って出てきた。五十代ぐらいのおばさんだ。


「この部屋に住んでいた女の子について聞きたいの!」


 怒鳴られても怖気つかないのは千夏のいいところであり、悪いところでもある。


「知らないわよ! 女の子なんて住んでるわけないでしょうが! この部屋にはオタクなおじさんしか住んでないわよ! わかったらとっとと帰りなさい! 昼間から迷惑なのよ!」


 オタクなおじさんとは、さっきの輝のことか。輝は『Transport Gaming Xanadu』の開発チームの一人で、出社するのは顔を突き合わせなければならない会議の時のみだ。近隣住民からすると「昼間だいたい家にいて何をしているのかわからないがまともな仕事には就いていないだろう」とレッテルを貼られている。


「わわわわっわ」

「失礼しました」


 おばさんの圧によって追い出されてしまった伊代と千夏。もし居座ろうものなら、ホウキで掃き出されそうだった。仕方なく、次の目的地に向かうこととする。


「変な話なの」


 存在が消されているかのようだ。

 そこに住んでいたという記録は残っているのだが。


 海陸が叔父の輝の家へ身を寄せることになった理由は、海陸の自宅が全焼したからだ。この全焼に関しても、組織では海陸の能力【発火】によるものとしている。


 全焼には海陸の両親が巻き込まれた。

 海陸の両親――医者だった父親は、風車宗治の後援団体・神影ミカゲの幹部でもあった。


「神影の関係者が海陸さんの痕跡を消している、とは考えにくいですね。メリットが見えてきません」

「うんうん。よくわからないの」


 輝は海陸の能力を知らない(能力者の情報は報道されない)ため、この自宅全焼の犯人が『神影の内部にいる』と推理していた。海陸の父親、すなわち、輝の兄に恨みを持つ者の犯行、と目星をつけていた。間違いではないが、正解でもない。


「それでも行きますか、神影に」


 次の目的地――神影の本部の前に、伊代と千夏は移動してきた。会話しながら歩いていたら到着するような距離だ。


「海陸ちゃんがどういう子なのか調べていけば、氷見野博士とのやりとりもわかるカモなの!」

「ここに欲しい情報があるかはわかりませんが、まあ、一度は行ってみたかったのでいいでしょう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る