OVER MY DESTINY
絶対不可避 〈前編〉
「あゆ!」
「なブッ」
組織の定時は十七時半と設定されていて、十七時半を過ぎたら各自荷物をまとめてオフィスを出ていく。伊代も身支度を整えていた。しかし、席を立った瞬間に「ほな、行こか」と言って芦花が伊代の腕を引っ張る。
それから芦花の【転送】によって、ドアトゥドアで温泉施設の入り口へやってきた。
混浴スペースのある施設なので、伊代の分の水着は、芦花が用意している。抜かりない。普段の仕事着がグレーのパンツスーツな伊代のことなので、派手すぎず、肌の露出の低いパレオだ。以前、ドレスを用意した時に地味め(※あくまで芦花目線)の青いドレスが気に入った様子だったのを、芦花が覚えていた。芦花はトラ柄のビキニを着ている。
「キャハハハ!」
「不意打ちは反則です、よっ!」
「おあっ! このー!」
水着を着用して入場する温水プールのエリアで、プールに浸かって水をかけ合っている二人。他に客はいない。貸切営業ではなく、通常営業中だ。
「はー、ははっ」
貸切のような状態になっているのは、二人の常日頃の行いが良い――わけではなく、この施設の客入りが悪く、閑古鳥が鳴くような営業状況であるからだ。
「ええ顔になったやん。最近なあ、あゆがしょげとったからなあ、心配で心配で夜しか眠れなかってん」
「寝てるじゃないですか」
「おっ、ええツッコミ。ここんとこのあゆ、ツッコミしてくれへんかったやーん」
「そうでしたっけ……」
記憶にない。記憶にないぐらいには無視してしまっていたらしい。自分を気にかけてくれる同期に対して不義理を働いていた。どうせ大したボケではないにせよ、申し訳ない気持ちにさせられる。
「ええんよええんよ。汗とともに水で流しちゃる」
「汗……岩盤浴、サウナ、マッサージ……!」
やってみたい、もしくは、やりたいものがここに集まっている。しかもこの、他人の目を気にせずはしゃげる空間。
「順番に回ってこうな」
「いいんですか?」
「こういう時やないと、のんびりできへんし。明日のことは忘れて、羽根を休めるで」
「明日……」
明日だ。明日は休日ではない。今週が始まってから伝えられた任務で、この任務が伊代の頭を悩ませていた。
大体の場合、任務を任されたらその日のうちに作戦行動が開始される。伊代も今回の任務に関しては、月曜日から取り組んではいた。インターネットに公開されている動画を視聴している。
「九回表、に会いに行くんやろ」
「はい」
野球の話ではない。動画の投稿者の名前が九回表だ。本名は
湊は【常勝】の能力者である。たとえば競馬を見るとする。馬は実際に走るコースへ入る前に、必ず
一日に行われるレースを全て的中させている動画が話題となった。しかし、あくまで動画だ。もうすでに確定しているレース結果を、レースが始まる前に予想しているように見せかけたものだとするコメントが相次いだ。
疑われた湊はリアルタイムでの配信を始める。レース映像と実況の音声は配信画面にのせることはできないので、手元でテレビを見ながら配信で予想――いや、予想ではないな、予言をした。視聴者は湊の言葉に操られるがままに馬券を購入して、信じた者だけが得をする。
これが能力者保護法に抵触した。能力とは『自らの身を守るもの』だ。他人にとって有益なことをしてはならない。ましてやギャンブルなど許されるはずがなかろう。
「やめてもらえへんかな」
「……はい?」
もし、湊の能力がニセモノで、デタラメがたまたま当たってしまっているだけならば、伊代は動かなくていい。伊代だって好きこのんで能力者を処分しているのではないから、自らの目で動画を確かめて検討していた。
「あの子な、高校の時の友だちの旦那やねん」
芦花はそう言って、水の中に潜った。
伊代の反応を見ないように。
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