「若い二人が楽しそうで何よりですよ」


 一体何を視たのか、作倉は上機嫌だ。上機嫌に聞こえるだけ、かもしれないが。こいつ、四六時中ニコニコしているし、サングラスで目元が隠れているからわかりにくいんだ。


「何が目的なんだ?」

「何が、とはなんでしょう」

香春かわら隆文たかふみを排除するだけなら、俺が弾を創るが」

「時期が来たらお願いしようと思っていたんですよ。クリスさんの方からそう言っていただけると手間が省けますねぇ」


 時期が来たら、か。


「なぜ霜降そうこう伊代いよと香春隆文を近づけたんだ? 彼女はお前の娘じゃないのか?」


 はっきり言ってやらないとごまかされる。

 これまで何度はぐらかされてきたことか。


 香春隆文の危険性は、組織でも把握している。組織の最高責任者であるところの作倉が、存じ上げませんとはその口が裂けても言えないはずだ。野放しにしているのが不思議なぐらいだ。


「違いますよ」


 椅子に深々と腰掛けて、ペンを回しながら答えてくれた。

 違わなくはないだろうが。


「霜降伊代は、霜降伊代です。この『風車かざぐるま宗治そうじを讃える会』の、大事なメンバーの一人ですよ」


 最高責任者としてこの組織の正式名称は略さずに言いたいらしい。霜降伊代は霜降伊代か。まあそうだろうが……。


「お前はそれでいいのか」


 今日は食い下がってやる。何時間かかってでもだ。


「ええ」

「それはお前の本心か? 娘ではないってことにしたいにしても、大事なメンバーがオオカミに食われてもいいのか?」

「もう食われてますよ」


 お前は何を視たんだ。


「セクハラで訴えられろ」


 じゃ、なくてだ。


 こいつと話していると本当に疲れる。肉体の疲労はなくとも、精神が疲弊するんだ。俺がこうだから他の人間はもっと疲れるんだろう。


「霜降伊代は。少なくとも、わたしが死ぬまでは」

「……それは、お前が【予見】で視たのか?」

「はい」


 作倉の能力の【予見】をおさらいしておこう。左目で過去を視て、右目で未来を視る。両目で現在を視ている能力者だ。


 視た未来はアカシックレコード上で不変となり、回避できない。


「わたしが死んでからの未来は視えませんからねぇ。その後の彼女の生死は不明ですけども、わたしが死ぬまでは生きていますよ」

「しかし」


 死なないのはわかった。

 わかったが、なら次だ。


 香春隆文を倒すだけなら、何も恋仲になる必要性は微塵もない。俺が【創造】で『オオカミ男を必ず絶命させる弾』を創り、伊代に渡して、伊代が【必中】で当てればいい。伊代の【必中】は見える範囲で『必ず命中させる』ものだ。


 能力者保護法に照らし合わせれば、香春隆文は即刻排除すべき存在だ。人間への脅威だ。その【狼男】の力を再生医療に役立てようなどという世迷言は、無視すべきだ。これまで何人が食い殺されている?


 それでいてあのバケモノはのうのうと生きている。


「クリスさん」

「……俺にはお前の考えていることがわからない」

「わたしは、そうですねぇ、んですよ」


 聞いてもわからないような答えが来たが?


「なんでまた」

「なんでしょうねぇ?」


 スタート地点に戻されたが???

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