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能力者保護法は能力者による殺人は認めていない。能力を定義し、能力者の生存権を
忠義・忠勝・忠信の三名は忠治の指示に従って、乗ってきた車を止めてある場所に近い来客用玄関への道を切り開くため、狭い廊下に連なる村民たちを倒していく。能力とは『自らの身を守るための力』だが、今は
「俺が伊代さんと初めて会った時とは、逆だねぇ」
忠治は伊代の手を引いて感慨深くなっている。あの時は、伊代が忠治の手を引いていた。場所も経緯も違うが、二人の位置は逆となっているので、伊代は「そうね」と首肯する。
なお、この間も怒り狂った村民たちが忠治と伊代に攻撃を仕掛けている。どれも他の三人に阻まれて、その凶刃が届くことは叶わない。
やがて通り道に数多のけが人を作りながら、来客用玄関まで辿り着き、一歩外に出――ようとして、踏みとどまった。
「雨降るなんて言ってなかったじゃあん!」
滝のような雨が降っている。時折、黒い雲に稲光が走っていた。村人たちの服は、今でこそ赤く濡れているものの、雨で濡れた様子はない。地母神が喪われて、芽衣が逃亡し、他の巫女服が武装した村民たちを『地母神運営事務局』にかき集めて、村民たちが押し合いへし合いしながら祭祀場にやってきて、それからこの豪雨が降り出したことになる。
「車までは」
伊代は拳銃をショルダーホルスターにしまって、任務用のショルダーバッグを外し、羽織っているグレーのスーツを脱ぎ、ワイシャツにベストを着用した状態になる。スーツを脱いだら拳銃を隠すものはなくなってしまうが、もはや隠す必要はなかろう。脱いだスーツは頭に被り、一時しのぎの雨除けとした。車に乗ってしまえば、あとは忠治が運転してくれれば東京へと戻れる。
車が動けばの話だが。
「俺が先に行って玄関に横付けすればよくなぁい?」
伊代から名残惜しそうに手を離すと、車のカギをポケットから取り出した。雨をものともせずに突っ走る。服が水を吸ってしまって、皮膚から熱を奪おうとも構わない。そして、車が見るも無惨な姿にされていることに気がついてしまった。村民たちは、車というわかりやすい移動手段を先に奪っていたのだ。
「俺のおおおおおおおおおおお!?」
この車は、四人乗りでファミリータイプだ。そう遠くない(と忠治は見込んでいる)将来に、めでたく伊代と暮らせるようになった時のことを考慮して、二人乗りにはしなかった。組織の給料は決して高くはない。同世代でフルタイムにサラリーマンの平均値より低いぐらいだ。さらに、忠治は給料を五等分している。本来は名義人である本体の日比谷忠弘にのみ給料を受け取る権利があり、分裂体に最低賃金なるものは適用されないからだ。
「車、壊されちゃってた」
飛び出してったその勢いはどこへやら、忠治はトボトボと玄関まで戻ってきた。
伊代は携帯電話を取り出して、その小さな画面の隅にある『圏外』の表示に落胆する。アンテナの一本でも立ってくれたら、
「どうしましょう……」
雨が止むまで、ここで雨宿りをしているしかないのか。雨に打たれながらでも、最寄りの駅を目指すべきか。最寄りの駅がどちらの方角にあるか、ここからどれだけ離れているか、検索しようにも携帯電話はこの通りだ。そもそも車でないと不便な場所だから、車酔いでぐったりしながらも来たというのに、これでは――。
「伊代さぁん! あれ! あれ見て!」
腕を組んで考え込んでいると、空の一部を指差しながら呼びかけられた。忠治は驚きで目を見開いている。
「あれって、なんかの、伝説の生物だったりしちゃわない!?」
そう言われて、伊代は思考を一旦休止し、指差した先を見た。青白い光を放つ四本脚のなんらかがいる。尾を振り上げて、たてがみをなびかせ、そのはち切れんばかりの筋肉を躍動させながら、雷鳴轟く上空を暗雲を散らして駆け回っていた。雲が
「馬?」
地上の動物ならば、ウマの姿に似ている。空想上の動物には、ペガサスだとかユニコーンだとか、ウマに近しい姿のものもいる。だが、あくまで空想上でしかない。現実に存在するとは到底思えないので、伊代は目を凝らした。ツノが生えているようだ。
「写真撮っちゃお」
忠治はスライド式の携帯電話の外カメラを、その生き物に向ける。伊代もまたショルダーバッグから記録用に持ち歩いているカメラを取り出した。現在は正体がわからなくとも、写真に収めておけばあとからでも姿形を確認できる。重要な手がかりだ。
「なんだかわからないけど、帰れそうね」
「俺の車……」
「任務中に破壊されたのなら、修理費は出るでしょうよ」
「あっ、そっか!」
やがて空を駆ける謎の生物は、東の方角へと消えていった。雨は止んだ。
【fin.】
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