CALL ME THROUGH THE NIGHT

香春隆文


 遡ること六年ほど前、二〇〇三年の秋。


「このたび、臨時教員として勤めさせていただくことになりました。霜降そうこう伊代いよと申します」


 職員室でお辞儀をする、グレーのパンツスーツにポニーテールの女性。

 四月に組織へ所属したばかりの、まだ二十二歳だった頃の霜降伊代だ。


 あくまで臨時教員であり、一時的なものであるとはいえ、最初から悪印象を与えてしまうのは


 であるからして、丁寧な挨拶をと心がけたつもりが、朝の出勤ごとあってバタバタと慌ただしい雰囲気の中での挨拶となってしまった。


「ハハハ……すまないね……」


 教頭がフォローを入れてくれたが、時すでに遅しといったところか。


「タイミングがよろしくなかったですね。気をつけます」

「いやいや。僕もよくなかったよ。でね、霜降先生は三年一組の副担任となっていただくんだけども……久里浜くりはま先生!」

「ほいほーい」


 呼びかけられ、出席簿を小脇に抱え、やあやあとやってくる小太りの男性。淡いグリーンのジャケットを羽織っているが、中のワイシャツのボタンがはち切れんばかりになっている。


「こちらが担任の久里浜先生」

「よろしくねっ」


 差し出された肉厚な右手を、伊代はやや遠慮がちに握り返す。今回は任務だ。任務なので、この天助高校での勤務は一ヶ月と定められている。なので、ここは割り切っていくしかないのだが……。


「霜降先生って、彼氏いますかね?」


 教頭が離れ、ホームルームのために三年一組の教室へ向かう道すがらでだ。一度お手洗いに行って手を洗いたかった。その隙は与えられていない。


 伊代は脳内で『今回の任務』を正しく告げるべきかを思案する。



 伊代は天助高校に、単なる臨時教員として雇われたのではない。表向きにはそうだが、遂行すべき任務は教員としては『するべきではない』行為にあたる。バレたら一発でアウトだ。心の底から教員になりたいのではなく〝安定した雇用先〟として教員免許を取得した伊代だから、免許が剥奪になろうとも構わない。


 三年一組には能力者がいる。


 厳密には能力者ではない。能力者保護法によると『科学的に証明できない不思議な力』は能力にあたるから、広義の能力者としている。といった、いわば突然変異種のような能力者だ。ゆえに、通常とは異なる手順を踏んで接近する。


「あ、ああ、そうなんだね?」

「このクラスに、香春かわら隆文たかふみという生徒がいますよね?」


 名前を挙げると、久里浜はあからさまに不機嫌そうな顔をした。眉間にシワを寄せて「彼、有名だね?」とぼやく。


「まー、あんだけイケメンだと、絶対人生楽しいよね」


 任務を命じた作倉からは、外見情報を伝えられていない。天助高校の三年一組にいる、というだけだ。


 同期の天平てんぴょう芦花ろかからは「男子高校生なんてヤリたい盛りなんだから、キンタマ握っておけばええんよ」という最高に参考にしてはならない最悪なアドバイスをされていた。


「え、なに、霜降先生、香春目当てで――?」


 正解なので、この質問には答えなくてもいい。

 今回の任務は『香春隆文という【狼男】の能力者と恋仲になる』ことだ。

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