既に確定し、

 組織からの家賃補助が出る範囲内のマンションに秋月あきづき千夏ちなつの借りている部屋はある。一人暮らし用のワンルーム。ちょうどその斜向かいに交番があった。その交番が剛力ごうりきたからの勤務地だ。


「ご無沙汰しております」


 宝は警察官である。警察官とはご無沙汰のほうがいいだろうが、千夏と宝は任務でコンビを組むことが多い。組織のメンバーと行動を共にするよりもむしろ多いぐらいだ。これは千夏の


「秋月がお世話になっております」


 伊代の言葉通りだ。四月に加入して一ヶ月ほどの研修期間が明けた千夏は、同期の全員から苦手意識を持たれてしまっていた。組織の最高責任者たる作倉からのスカウトとあって『期待の新人』を自負し『組織のエース』への成長を目論む千夏だ。ゆえに本人は同期からの総スカンなんてまったく意に介していないのだが、とはいえ協調性のカケラもないのは困りものである。


「たーちゃん、霜降そうこうパイセンにとっておきのお菓子を用意して」


 千夏は宝を〝たーちゃん〟というニックネームで呼んでいる。一回りぐらいの年齢差があるのだが。なんだかおかしな距離感の二人ではある。付き合っているわけではない。


「かしこまり」


 宝に飲み物と茶菓子を用意させつつ、千夏は交番の奥の部屋に入っていく。ちょっと違うかなと思いつつ「お邪魔します」と千夏の後を追い、伊代は用意されていたパイプ椅子に座った。千夏はその隣に座る。


 あくまで本職は警察官であり、組織にとっての〝協力者〟という立ち位置ではあるものの、宝もまた能力者だ。その能力【硬化】により、誤って自らの妻子をことから、能力を治癒するために率先して組織に関わっている。能力がなくなればおそらくダイヤモンドから元に戻るだろう。


 直接手で触れると宝の意志に関わらずその物体をダイヤモンドに変えてしまうため、常に特製の手袋をしている。小脇に今回の資料をまとめたクリアファイルを挟み、菓子盆にカステラと湯呑みをのせて千夏と伊代の前に現れた。


「秋月さんから頼まれて調べ始めて、俺もびっくりして、昨日の今日で呼び出してしまったわけなんですけど」


 カステラと湯呑みを一セットずつそれぞれの前に置くなり、宝は興奮気味に話し始める。クリアファイルに挟まっていたプリントたちが、一枚ずつテーブルの上に並べられた。日付は二〇〇〇年十二月二十六日とある。


 風車かざぐるま宗治そうじが亡くなった日。


 現職の首相のは、ただでさえも非常にセンセーショナルなものであり、宗治の異様な支持率の高さも相まって、翌日のニュースで大々的に取り上げられた。作倉さくらあゆは当時二十歳である。父親の作倉すぐると母親のとは、あゆが知らぬ間に離婚が成立していたのだが、それでも父親がつかえる男という認識はあったから、縁もゆかりもないような赤の他人よりは衝撃を受けていて、その日付も覚えていた。


「ここ、見てください」

「どれどれ……」

「風車首相の死因って、報道での発表は『都内にある自宅の風呂場で足を滑らせて後頭部を打った』じゃないですか」


 千夏が読み上げた。転んだ人間に刺し傷はできない。しかも風呂場となればなおさらだ。


「ね。おかしいですよね」

「どっちが正しいの?」


 内容が異なっている。今、目の前にある事実は、その当時、直接現場に赴いた者たちがまとめたものだ。現実に起こった出来事として、どちらが正しいかは明白だろう。


『容疑者、風車かざぐるま智司さとし


 彼女はこの一点を見つめていた。智司とは、総平そうへいの弟の名前だ。風車家の次男。宗治と、風車美咲みさきとの間の二人目の男の子。氷見野ひみの雅人まさひと博士の研究室で、何度か顔を合わせたことはある。智司もまた、彼女と同じく、能力者だ。能力者だから、氷見野博士の研究に付き合わされていた。


 なお、美咲は智司を出産した後に亡くなっている。多忙な父親の宗治に代わって、作倉と氷見野とで預かっていた。とも言えるか。


「そりゃあ、こっちが正しいんでしょうよ。この時はまだ能力者保護法は成立してはないんですけど、と推理できますよね」

「おおー! たーちゃん、刑事さんみたいなの!」

「刑事というか警察官なんで。ん? あれ? どう違うんだっけ?」


 二〇〇〇年十二月二十六日は、智司の十四歳の誕生日にあたる。そんな日に。


「……」


 千夏と宝が盛り上がっているなかで、伊代の携帯電話が鳴った。開いて、画面を見て、ボタンを押す


「どうしたの?」


 作倉からだ。

 このタイミングで、か。


「出て大丈夫ですよ。俺たちは黙ってるんで」


 席を立って外で通話することも考えたが、宝が先回りした。動悸が激しい。どこからか見られているような感覚に陥る。作倉のことだから、視ている可能性は高い。


 伊代は頷いてから、受話器のボタンを押す。


「もしもし」


 嫌味ったらしい言い方をしてくる。作倉からすれば覆い隠してフタをしたはずの真実を掘り返されているのだから、そうか。こんな言い方にもなるか。


「目的はなんです?」

『その質問、そのままそっくりお返ししましょうかねぇ?』

「智司くんを庇いたいんですか?」


 殺傷事件から転倒事故へ。

 殺人ではなく自滅へ。


『宗治くんのですよ。宗治くんは、自分があの子から殺されるのを予め知っていたから、じゃあ、を考えてこうしたんです』


 ……。

 ……。


『そういえば、この間、溶石くんが倒した冬馬というのがいましたよねぇ。あれ、高校時代に芸術鑑賞会で学生の美術展に行かされた時に、宗治くんがえらく感動していた絵画にそっくりなんですよ。懐かしいですねぇ』


 今その話は関係ないだろうが。

 あるといえばあるのか?


「なぜのですか?」


 知っているならば回避できる。

 帰らなければいいだけの話だ。


『寿司屋で話したでしょう?』

「……ああ」

『一度視た未来は確定するので』


 未来とは。


『要は、ですよ』


 既に確定しているものだ。


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