Perfect Solution!
一九八〇年十月二十三日
「作倉さん」
「
「はい、なんでしょう」
こちらには返事をして、モニターから目線を外して千夏と目を合わせる。先ほどは無反応だった。呼びかけられる前と、呼びかけられた直後とで、ピクリとも動かない。眉すら動かさなかった。
「署までご同行を願うの」
千夏は伊代の二の腕を掴んだ。急に掴まれたものだから、動転して「はい?」と確認のトーンで声を出す。署というと警察署のことだろうが、身に覚えはない。
「わたしが『能力者保護法』で卒論を書いたのはご存知で?」
「ええ、まあ……秋月さんから何度も聞いていますが」
「
風車宗治。組織の正式名称にも名前を残している、我が国の元首相。二〇〇〇年十二月二十六日に、自宅(※現在、風車総平らが住んでいる風車邸を指す)の風呂場で足を滑らせ、後頭部を打って死亡した男。
所属している組織の正式名称の一部、というだけで、霜降伊代には関わりのない存在だ。
「何故私を?」
疑問に対して、間髪を入れずに「気にならないの?」と信じられないものを見るような目をして言われてしまった。能力者保護法は、いわば風車宗治の遺稿のようなものだ。その命を以て、能力者という存在をこの世に知らしめた。
余談だが、風車宗治の死後は風車派の
「私は、別に」
「またまたぁ!」
「……何故私を?」
「作倉あゆさん、だから?」
伊代の顔から表情が消えた。音もなく。この変化を見逃す千夏ではない。
「霜降パイセンは霜降パイセンとしてわたしはリスペクトしてるの! だから、七光りとは呼ばないケド?」
総平との相違点を告げて、伊代を安心させようとする。組織の最高責任者と同じ名字ではやりづらいことも多いだろう。千夏のように不名誉なあだ名を付ける者もいれば、昇進のために取り入ろうとする輩もいる。こんな組織で上を目指して何になるというのだろうか。……ともかく、任意の偽名を名乗るのは賢いやり方だ。
「誰から聞いたのかしら」
「天平パイセン!」
「ああ」
この「ああ」は納得の「ああ」だ。あるいは諦めの「ああ」だ。
「ここでは霜降伊代でいさせて」
黒髪をポニーテールにまとめて、グレーのパンツスーツを着用し、ショルダーホルスターで
千夏にこの意図が過不足なく伝わるかはわからない。わからなくてもいい。
「霜降パイセンのほうが言い慣れてるんで、霜降パイセンがそんな感じなら、今後も霜降パイセンって呼ばせていただくの!」
「そうして」
話が脱線しているが、千夏が持ちかけてきたのは風車宗治の新情報だ。作倉卓の娘の作倉あゆから見た風車宗治は、我が国の首相という他に『父親の親友』となる。作倉と宗治の関係性は秘書と首相という仕事上のものでは収まりきらず、この二人の間には――特に作倉から宗治に対しては恋愛感情に近しいものがあった。これは娘視点からも明らかなものであって、この感情が親子関係をこじれさせた原因の一つでもある。
作倉の能力は【予見】で、副次的に『未来を確定させる』力がある。宗治の能力【威光】と噛み合うと、相乗効果が生まれてしまう。宗治が思い描いたその未来を【予見】で強固に定着させるのだ。アカシックレコードは上書きされ、実際に起こった出来事こそが現実になる。
「資料があるんだケド、たーちゃんが『持ち出し厳禁です』って言うから、署まで行かなくちゃならないの」
「職権濫用では?」
「わたしの飽くなき探究心を満たすタメなら仕方ないの」
「巻き込んでいるんですね」
「とにかくゴーゴー!」
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