A (in)PERFECT HERO

ささはらさちお


「シャレオツなバーに行くのに、そんな刑事さんみたいな格好かっこして行くんじゃ、門前払いやで。ほら、脱いだ脱いだ」


 組織の本部、の女性更衣室。ハンガーにかけられて、ずらりと並べられたドレス。フラメンコの衣装のような裾にフリルが付いているものから、ピッタリと身体のラインにフィットする作りのチャイナドレス、結婚式で花嫁が着用するようなゴージャスなウェディングドレスまで。


「はいはい……」

「なあ、あゆ。ティー、ピー、オーちゅうもんがあってな。わたしらもいいトシなんだから、その場所にふさわしい服を着ていかなあかんねん」


 関西弁のような口調で喋る小柄な女性が天平てんぴょう芦花ろか。特筆すべきはその服装にある。。黒髪ポニーテールにグレーのパンツスーツな霜降そうこう伊代いよとは対照的だ。組織に明確な服装規定がないため、わざわざ指摘するようなメンバーはいないのだが。


「芦花には言われたくないわね」


 ジャケット、ショルダーホルスター、ベストの順で脱いで外して、上半分はシャツの姿になった伊代が皮肉っぽいことを言う。二人の仲が良いからこそ言えるセリフだ。


 今日の芦花は右目に青色、左目に赤色のカラーコンタクトを付けて、ピンクと水色のツートンカラーな髪の毛をツーサイドアップにし、手のひらサイズのイヤリングを付け、背中に大きくドクロマークが印刷された黒いパーカーとホットパンツ、ハイカットのスニーカー、といった、ここがいわゆる〝若者の街〟ならばともかく、丸の内のオフィスビルの十三階には居そうにない服装をしている。


「せやなあ……まずはコレ、どう?」


 伊代の嫌味はスルーして、芦花は一番近くにあった藍色のマーメイドドレスを手に取った。滑らかなサテン生地にビーズが天の川のように散らしてある。


「歩きにくそう」

「大股で歩くからや」

「銃はどこに?」

「持っていかんでええやろ。何しに行くんよ」

「持ち歩けないのなら、却下で」

「戦いに行くわけじゃあるまいし……ま、ある意味戦いやけどな。とにかく着てみ」


 ドレスを突きつけられて、渋々シャツを脱ぎ始める。ドレスの上からショルダーホルスターを装着し、上に何かTPOものを羽織れば、拳銃は隠し持てるだろう。腰にホルスターを巻くのは、美しいドレスの外観を損なう気がする。潜入捜査官のように太ももへホルスターを巻くのは、拳銃を隠し通せない。我が国では拳銃の所持が認められていないので、見つかって問題を起こすのは避けたい。


「おー……」

「何か?」

「こんなところにほくろがあるんね」


 仲が良いので、胸にあるほくろを突かれても「変?」「いんや? イイと思う」「とは?」「気にせんとって」ぐらいのやりとりで済む。


 二人の出会いは、入社式にさかのぼる。彼女が生まれたのは一九八〇年。俗に〝ロストジェネレーション世代〟に近い世代だ。団塊ジュニア世代の子どもたちにあたる。バブルが弾けて、昭和は終わった。平成に移り変わり、中学と高校時代を過ごし、大学へと駒を進めて、さあ就職活動といったタイミングで、未曾有の大不況がやってくる。時代が生み出した逆風は、就職活動を『氷河期』へと変えた。


 彼女は大学生活の中で教員免許を取得していたが、大不況の最中さなかに安定した職をと教員を始めとした公務員の道を選ぶ者は多かった。組織にエントリーシートを提出したのは、極めて自然な流れだったといえよう。芦花もまた同じだ。芦花の場合は、その【転送】の能力を面接で披露し、らしい。席に着いた瞬間に作倉がエントリーシートを破った、というエピソードは酒の席でのスベらない話にされている。作倉の【予見】であれば、言葉で自分を飾り立てようとも総てが筒抜けだ。その瞳は過去をも視る。


「どう?」

「めっちゃええやん」


 夜空のようなドレスを着て、髪を下ろしてストレートのロングヘアとなった伊代に、お世辞ではなく本心からの賛辞を贈る。おもむろにパーカーのポケットから板状の何かを取り出して、その背面を伊代へと向けた。


「写真はやめて」


 これから流行る、と巷で話題の携帯電話、iPhoneだ。二〇〇九年の六月に3GSという機種が発売になっていた。芦花はことあるごとに伊代へと機種変更を勧めている。携帯電話よりも画面が広くて使いやすく、タッチパネルで操作ができ、写真も綺麗に撮れるのだとか。


「なんでや。せっかくの機会やし、これ全部着て写真撮ったろ」

「せっかくって何よ」

「年中色気のないスーツを着とるからなあ! こんなどすけべボディしとるのに」

「きゃっ!」


 これから伊代は篠原ささはら那由他なゆたとの面会がある。組織に所属している篠原幸雄さちおの実兄だ。那由他が面会場所として指定してきたのが六本木のバー、という情報を聞きつけた芦花は「えらいこっちゃ」と機転を利かせて、衣装をかき集めてきた。どれもレンタルであり、芦花の所有物ではない。


 芦花の能力【転送】であれば、ドアノブを引くだけで指定した場所に空間と空間を繋げることができる。未来の世界の猫型ロボットのひみつ道具を思い出していただけるとわかりやすい。


「天下の霜降伊代が『きゃっ!』ですってぇ。ほんまにかわいいなあ! くすぐっちゃろ!」

「ちょっとお、やめてよ芦花ぁ!」


 すなわち、これだけじゃれあっていても五分前にバーへ辿り着くのは余裕のよの字だ。時間の制約がないぶん、芦花にされるがままに胸を揉みしだかれる伊代。同期で仲が良いから許され――


「ピピーっ!」


 る範囲を超えてしまったようだ。。これはホイッスルを吹き鳴らしたのではなく、ホイッスルの真似をしている。


「風紀の乱れを感知したの!」


 伊代にとっては救いかもしれない。芦花はわかりやすくチッと舌打ちした。


「天平パイセン、を組織の更衣室に連れ込んでエッチなことをするのはよくないの!」


 なんだかややこしいことになってきた。部外者、と指をさした先にいるのは伊代だ。


「人に指さすな、と小学校で習わなかったん?」

「習ったような習わなかったような?」


 人さし指をあごにあてて疑問符を浮かばせている侵入者は、新入りの秋月あきづき千夏ちなつだ。一九八六年八月二十五日生まれの二十三歳。伊代と芦花の後輩にあたる。


 後輩だが、入ってきた経緯が他のメンバーとは違う。組織の最高責任者である作倉さくらすぐるから勧誘を受けた、というものだ。千夏の神佑大学法学部在学時、能力者保護法についてで卒業論文を書き上げる流れで、風車かざぐるま宗治そうじ首相の秘書だった作倉から話を聞いていたら、それなら組織に入りませんか、と誘われた――と、鼻高々に自慢している。就職難にあえいだ伊代にしてみると、面白くない話だが。


「秋月さん」


 芦花のくすぐりから解放された伊代は、呆れ気味に呼びかける。


「そ、その声は……! 我が友、李徴!」

「違います」

「存じ上げているの! 霜降パイセン、髪下ろすと別人なの!」

「せやろー?」


 誤解は解けたが、悪い流れが来ているような。


「ここに並んでいる衣装は、天平パイセンが?」

「せやで。これからギロッポンに行くのに、この子ったら灰色のスーツで行こうとするんよ」

「ふむふむ……セクシーなドレスでオトコをイチコロってワケ?」

「そういうワケ! ちなっちゃんは話が早くてええなあ!」

「任せてほしいの!」


 目的が正しく伝わっていない。


 伊代が那由他に会いに行くのは、当事者の幸雄だけではなく、周りの家族の話を聞いて、これからの組織での処遇を検討するためだ。書面でのやり取りや電話での受け答えでは読み取れないを確認したくて面会する。芦花や千夏が想像しているような、浮かれたものではないのだ。


「芦花、悪いんだけど」

「なんや。時間には間に合うようにちゃあんと【転送】するで」


 とはいえ、わざわざ衣装を用意してくれた芦花の好意を無下にもできない。伊代は言いかけた言葉を飲み込んで、代わりにため息を吐き出した。

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