常磐
妹が誕生するまでの二年間は。
常磐溶石の妹は、世にも珍しい生まれつきの能力者だ。名前を常磐
能力は『その身を守る』ために発現するものであるからして、生まれたての赤ん坊が――ましてや、一代にして常磐コーポレーションを我が国有数の企業へと成長させた代表取締役の、言ってしまえば、裕福な家庭の娘が――人間離れした不思議な力を持って生まれてくるのは異例中の異例である。しかも、能力者保護法が成立する前の話である。当時担当した医者は、さぞかし頭を悩ませたことだろう。
その肉体は冷え切っていて、母親が抱き上げることもできないほどだった。能力【氷結】は、物体を冷やし固めるものだ。赤ん坊はバケツリレーのようにして保育器まで運ばれた。三秒以上触れていると凍傷を起こしかねないからだ。
兄である溶石が妹に面会できたのは、妹が生まれてから七日目のことだ。肌が色白く、唇は真っ青な赤ん坊を、常磐家としては名前を与えることなく表沙汰にはならないように綿密に打ち合わせした上で〝処分〟しようとしていた。
溶石には、常磐一族の会合の内容は伝わっていない。当時二歳だ。実兄だが、席は用意されなかった。この溶石が、母親の腹が膨らんでしぼむまでの期間に何を考えていたのかはわからない。わからないが、兄として、血縁上の妹が存在しなかったことになる前に「一度は合わせたれよ」と主張する者がいた。最後まで〝処分〟に反対していた翔子だ。最初で最後になるはずだった兄と妹との邂逅に、翔子は同行することとなる。
溶石の右手が名もなき妹の頬に触れた時、その【溶解】の能力は発現した。溶石の能力があれば、その妹の肉体を温めることができる。
これで〝処分〟は免れて、妹には『氷雪』という名前が与えられた。と同時に、常磐コーポレーションの後継ぎ候補から溶石の名前は取り下げられた。溶石は氷雪の生命活動を維持するために、また、氷雪は溶石の能力発動後のデメリット――体温の上昇――を打ち消すべく、お互いがお互いを支え合って、現在まで生きている。溶石は右利きだった利き手は能力の代償で日常では使えないため、左利きに矯正した。
不思議な力を持つ兄妹は、二〇〇一年の四月に組織が設立されるまで、歴史の表舞台から姿を消していた。能力者保護法によって、ようやく、溶石と氷雪の両名が社会的に活動できるようになる。異常の存在から、身近な存在へと立場が切り替わったのだ。
「霜降さんって、何聴かれるんです?」
晴海のカフェから冬馬の目撃情報があった場所までの移動手段として、タクシーが選択された。助手席にあきらが座る。後部座席に溶石と、最後に伊代が乗った。
発進してから、車酔いしてしまう伊代は「集中させてください」ともっともらしいウソをついて、任務用ショルダーバッグに新たに追加したポータブルオーディオプレイヤーを取り出す。同期にして友人の
「えっ、と」
「クラシックとか?」
「まあ、そんなところです」
実際はmisties⭐︎の楽曲を聴こうとしているのだが、本当のことを答える必要もない。先日のニュースを見てから、なんとなく気になっていたのだ。動画サイトでプロモーションビデオやライブ映像を見て、昨日になってアルバムを購入している。決してハマったわけではない。
「常磐さんは、趣味ってあるんですか?」
質問が自分から逸れて、伊代はイヤホンを耳に付けた。音量は小さめにしておく。
「ありません。」
「えっ、あっ、はい」
「迷惑です。」
「え、ええ……?」
あきらは『神切隊』の隊長だ。組織とはうまく折り合いをつけて、これからもよき関係を築いていきたい。そんな魂胆がある。お気に入りのカフェを待ち合わせ場所に指定したのも、そこからうまくとっかかりを作りたかったからだ。とりつく島もなかったのだが。
今回のように組織から依頼を受けるだけでなく、もし『神切隊』が能力者と争わなければならなくなった場合には援護に入ってほしい。協力しあって、我が国を悪しきものどもから守っていきたい。隊長として選ばれた理由は、その妖術の強さだけにあらず、だ。正義感に溢れていて、向上心があり、幼い頃から修行を積み重ねている。
作倉からの連絡を受けてから「異性で年上の伊代よりは同性で年齢が近い溶石とのほうが距離を縮めやすいのではないか?」と脳内で幾度となくシミュレーションして、当たり障りのない話題を繰り出したつもりが、けんもほろろに拒絶されてしまった。
溶石は、どのような過酷な任務であっても、とにかく素早く目標を撃破したいと考えている。妹の氷雪のためにも、帰らねばならないのだ。溶石が命を落とせば、氷雪は自らの能力で凍死する。だから、あきらと仲良しごっこをしたくてタクシーに乗り込んだのではない。
生まれながらにして跡目を継ぐ立場にあって、正しく後継者となった
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