第3幕『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス(2022)』
ダニエル・クワン、ダニエル・シャイナート監督作品。底抜けに明るくて馬鹿馬鹿しいのに、斬新な混沌がこの上なく洗練されて格好良くて、なにより全的な愛と優しさに満ちた映画。
マルチバースやパラレル宇宙の発想は、偶発性と不可分である僕らの日常と地続きにある。ミクロな感覚をたぐり寄せれば、あまりに身近で慣れ親しんだ発想でもある。僕らはつねに、無数のあり得べき自分を想像して、パラレルな生を生きているのだった。
ところで、この映画のなかでは二つの対立した派閥がある。一方は母、もう一方は娘。娘は、あらゆるパラレルな生を知悉してしまい、ある種のニヒリスティックな諦観を持つ。あらゆる人生、あらゆる選択を知り尽くしてみれば、結局人生なんてすべて堂々巡りで、何の意味もないものに見える。だったら生きてる意味なんてないし、生まれてこなきゃよかったとさえ思えてくる。
この世界への対峙のしかたが、母娘の対立を生んでいる。母は、娘のような結論には達しない。彼女を繋ぎとめるのは離婚の間際にあった夫。彼はいつでも味方で、いつでも優しく思いやりに満ちて、彼女の心を和らげようと懸命になっていた。「楽観的になるのは考え無しの行為じゃない。世渡りなんだ。世界にはこういう人間がいなきゃいけない」母は夫のその言葉で覚醒する。彼女は決してだれも傷つけず、敵だったはずのひとびとを一人残らず愛をもって抱きしめていく。生きているすべてが無意味に思える絶望のただ中にさえ手を伸ばして。僕は泣きながら、ずっと抱きしめられているみたいに救われる心地だった。
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