028:文化祭前日――チェキの試し撮り

 ――文化祭前日。


 今日は通常授業はない。

 授業は全て明日の文化祭のための準備――最終準備を行うからだ。

 僕たちのクラスの出し物〝チェキが撮れるコスプレ喫茶〟は順調に準備が進んでいた。


 コスプレの衣装についても小熊さんと班の女子たちが揃えてくれた。情けないことに男子の分も……。

 男子の分は僕と純平が揃えると言ったのだが、女子たちはそれを断った。楽しそうにしながら断っていた点は、ちょっとだけ怖いが、きっとなんとかなるだろう。

 ちなみに小熊さんたちが揃えてくれた男子用のコスプレ衣装はまだ見ていない。というか当日のお楽しみと言われて見せてくれないのだ。だから不安が募る一方なんだけど、そんな僕の不安は余所に、本当に準備だけは順調に進んでいたのだ。


「山本頼む。そこにハサミあるだろ? ちょっと持ってきてくれ」


 クラスの友達――犬飼歩いぬかいあゆむこと犬飼くんが声をかけてきた。

 誰とでも仲良く接する犬飼くん。例に漏れず僕にも仲良く接してくれている。

 クラスの中心的存在だ。


「あっ、うん。ハサミね。テープは必要?」

「テープは大丈夫だ」

「オッケー」


 文化祭前日の僕の役割は雑用だ。

 コスプレ衣装の買い出し班だったため、これといってやることがないから今みたいな雑用をやっている。

 呼ばれれば飛んでいくし、頼まれれば何でもやる。

 何ひとつ苦じゃない。

 逆に呼ばれなかったり、頼まれなかったり、と仕事がもらえない方が苦だ。

 楽してやろうとかサボろうとかって考えは全くないので、こうして仕事をもらえるのは本当に嬉しい。


「隼兎くん〜、ツーショット写真撮ろうっ」

「あっ、うん。ツーショット写真ね。背景はどこ……って、ツーショット写真!?」


 仕事を貰えたと思ったらツーショット写真って……。

 僕にツーショット写真を強請ねだるのは一人しかいない。


「文化祭っぽい雰囲気のところ……黒板の前がいいかなっ! 私たちのクラスのテーマとか書いてあるし、美術部のみんなが書いてくれた可愛いイラストもあるしねっ」


 小熊さんだ。

 どうしても小熊さんは僕と普通のツーショット写真が撮りたいらしい。

 僕は毎回毎回親切丁寧にお断りをしているというのに。

 ご当地アイドルIRISアイリスのくままにスキャンダルなんてものを絶対に出させるわけにはいかない。


「今は文化祭の準備をしてるけど、一応授業だよ? スマホはダメ。先生に怒られちゃうよ。だから写真は撮れない」

「一緒に怒られようよっ」

「共犯者にしないでくれー! というか怒られる前提なら尚更できないよ!」

「ん〜、怒られないならいいの?」

「スキャンダルになりかねない行為は慎みたいので、怒られないとしてもダメだよ」


 そう。怒られないとしても僕は小熊さんとツーショット写真を撮るわけにはいかないんだ。


「それじゃスキャンダルにもならず、怒られることもない方法でツーショット写真が撮れるとしたら?」

「そんな夢みたいなことがあるはずがない。できるんだったら最初からやってるよ」

「くまくまくまくまくまっ。それがあるのだよっ! 隼兎くんっ!」

「な、何だって!?」


 この自信に満ち溢れた表情、そして笑い方……嘘ではなさそうだ。

 でもどんな方法なんだ。思い付かない。


「チェキの試し撮りなら大丈夫でしょ?」

「チェキの試し撮り……?」


 そ、そうか。僕たちのクラスの出し物は〝チェキが撮れるコスプレ喫茶〟だ。

 チェキをどんな風に撮るかを予め決めておかないと、当日困ること間違いなしの案件だぞ。

 背景はもちろんのこと、カメラマンの立ち位置なんてのも予め決めておいた方がいいはず。


「それで背景は黒板がいいって決めてあるんだけど、カメラを撮る人の立ち位置とかも決めておいた方が、スムーズにできると思わない?」

「うんうん。さすがくまま様だ。みんなのことを考えての素晴らしい行動。当日の成功を願っての慈悲深いお考え。感服いたしました」

「よろしい。隼兎くんっ。頭を上げたまえ」

「ははー!!!」


 小熊さんが素晴らしすぎて体が勝手に動いてしまっている。

 やっぱり小熊さんは女神や天使を凌駕する存在のくまま様だ!

 一生推します。


「本当に仲がいいな、お前ら」

「純平!!」


 ここまでがお決まりのセットだと分かっていても、純平がすぐ近くにいただなんて気が付かなかったぞ。

 これもまた小熊さんの魅力に目が釘付けになっていた証拠だ。小熊さんしか見えてなかった。

 で、その純平はチェキカメラを持っている。

 詰まるところ純平は、チェキカメラで僕たちを撮ってくれようとしているんだけど。

 カメラマンも用意していたとは、さすが小熊さん。侮れん。


「純平くん、ベスポジでお願いね」

「おう。分かってるぜ。となると……もう少しくっついてくれ。そんで2人とももうちょい左にズレてくれ。そうそう。そんな感じ。その位置なら黒板の文字もイラストも画角に収まる」


 あっという間に立ち位置が決まった。


「一応1枚撮ってみるわ。えーっと……押せばいいんだよな?」

「うん。すぐに撮れるようになってるよっ」


 ほ、本当に撮るのか!

 いや、撮るだろうとは思ってたけど、けどだ!

 実際に撮るってなるとめちゃくちゃ緊張するぞ。

 イベントとかで慣れているはずなのに、場所やシチュエーションが違うだけでここまで緊張するものなのか。


「隼兎くんっ、念願の制服チェキだね?」


 くぅうううううう!!!

 その一言はずるい。ずるすぎる。胸が、心臓が、鼓動がぁ!!!!

 念願の制服チェキだって?

 念願も念願。念願すぎるチェキだよ。

 いいの? これいいの? 撮っていいの?


「んじゃ撮るぞー。3、2、1」


 ――カシャッ!!!


 シャッターが切られた。

 教室で聞くシャッター音はどこか非現実的に思えてしまった。

 この状況自体夢のような状況だってのも相まって、本当に不思議な気分だ。


「いい感じに撮れた?」

「撮れたと思うぞ。って、動く前に今の立ち位置にマスキングテープで印を付けとかなきゃだろ」

「あっ、そうだった。いけないいけない」


 小熊さんはポケットからマスキングテープを取り出して、立ち位置を忘れないように床に貼り付けた。

 純平も同じようにカメラマンの立ち位置にもマスキングテープを貼り付けた。

 この光景を見ると文化祭の準備をしているんだなって実感する。チェキの試し撮りをしたんだなぁってのも。

 でも実際にチェキを撮らなくても大丈夫だったんじゃ?

 画角さえ分かっていれば大丈夫だったんじゃ?

 いや、実際に撮って映り方とかも見ておいた方がいいか。

 まあ、そんなことよりも床にマスキングテープを貼ってる小熊さんがめちゃくちゃ可愛いんだけど。小さく丸まってより一層小動物みたいな可愛さが際立っている。

 二度と見ることができない光景だ。手伝うよりも目に焼き付けた方がいい。我ながらに賢明な判断だ。


「この位置を基準にして、チェキに映る人数が増えたら、下がるなり何なりして調整だな」

「そうだね。それで、私たちのチェキは現像された?」

「おう。いい感じに撮れてっぞ」


 小熊さんは純平からチェキを受け取った。

 ずるい。僕も見たい。


「僕にも見せてよ」

「ふふっ。本当にいい感じに撮れてるよっ」


 見せてもらったチェキは想像を遥かに超えるほど良いものだった。

 もちろん小熊さんだけだ。さすがご当地アイドル。写真映りが素晴らしすぎる。いや、ご当地アイドルだからじゃなくて小熊さんだからこれだけ素敵に映っているのか。

 それにしても可愛い。可愛すぎる。天使、女神、くまま様だ!

 目の前に本人がいるのに負けず劣らず写真の小熊さんも良い!

 それに比べて僕は……顔真っ赤で半目で真っ直ぐに立ってなくて……うん。いつも通り写真映りが悪い。

 ここまであからさまに違うとは……素材の違いをひしひしと感じるよ。

 このチェキに名前をつけるとしたら『光と闇』とか『陽と隠』とか、極端に対になってる言葉が相応しいな。


「このチェキ私がもらってもいい?」

「え?」


 小熊さんの意外な言葉に思わず驚きの声が溢れた。

 だって――


「小熊さんチェキとかいっぱい撮ってるから要らないと思ってた」

「意外?」

「あっ、うん。意外。それに僕とのチェキだし」

「隼兎くんとのチェキだから欲しいんだよ。それに私はご当地アイドルとしてたくさんのチェキを撮ってきたけど、全部お客さんのところにあるからさ。私の手元にはないのっ。だからこのチェキは欲しいなって思ってさ。ダメかな?」


 上目遣いでおねだりする小熊さん。

 ダメなわけがないだろう。このチェキどころか、心臓も何もかもを捧げるよ。


「もちろんいいよ。献上いたします」

「ふふっ。ありがとうっ。せっかくの制服チェキなのにごめんね」

「いえいえ。謝る必要など皆無。チェキフィルムはこんなにたくさんあるんだから、もう一度くらい試し撮りとかできるはずだから。うん。試し撮りあと一回必要だと思う」


 このチェキは小熊さんに譲る。だけど僕もツーショットチェキが欲しい。

 文化祭当日にチェキを撮ればいいだけの話だけど、制服姿で撮れるとは限らないんだ。

 だから今、撮れるときに撮る。データが残るスマホでのツーショットとは違ってスキャンダルのリスクが極端に少ないし、文化祭の準備中に試し撮りをしたという合法的な撮影でもある。

 この機会を逃すわけにはいかないんだ。


「ごめんね隼兎くん。試し撮りは一回までなんだよ」

「え……」


 僕は膝から崩れ落ちた。

 チェキが撮れないだけなのに、ここまでショックを受けるだなんて。

 それだけ小熊さんという天使は魅力的だという証拠。

 人生で一番ショックかもしれない。


「真っ白に燃え尽きたな。悔しがりすぎだぞ、隼兎」

「うぅ……あぅ……」


 僕のことを励ましてくれる純平。

 やっぱり持つべきは親友だよな。

 こんな僕の背中をさすってくれるだなんて。


「ダメだこりゃ。おい小熊、意地悪すんのはこの辺にしといてやれよ」


 意地悪?

 どういうこと?


「えー、もうちょっとだけ隼兎くんの悔しがるところが見たいっ!」

「ダメだ。このままだと隼兎の怨念が町中のチェキを燃やしかねない」


 僕をなんだと思ってるんだ。


「それはやばいねっ。じゃあ意地悪やめるねっ。ごめんね隼兎くん。本当は1箱分までは試し撮りOKなんだってさ」

「1箱分……」

「うん。20枚までOKなの。だからそんなに落ち込まないでね。チェキ撮ろうっ。制服チェキ」

「よっしゃー!!!!!!! うぉおおおおおお!!!!」

「おっ、復活したっ」


 このあとちゃんとチェキを撮った。

 念願の制服チェキゲット。

 ツーショットチェキの――家宝の合計枚数はこれで36枚になった。

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