027:眩しすぎる〝ときめき〟
フードコートでの食事が終わり、あとは帰るだけとなった。
幸せな時間というものは、あっという間にすぎるものなのだと、改めて実感した1日だった。
そんな余韻に浸りながら私とれおれおは、帰り際にお手洗いに行った隼兎くんと純平くんを待っていた。
ショッピングモールに来店したお客さんの邪魔にならないように、壁際で待ってたんだ。
そんな時だった――
「ねーいいじゃん。行こうよ」
「カラオケ。お兄さんたちが奢ってあげるからさぁ」
私とれおれおは大学生くらいのチャラチャラした男たちに絡まれてしまった。
ナンパだ。
私はこういった類の人たちは苦手……というよりも嫌いだ。
「ちょうどさ、2対2だし。運命じゃね?」
運命なわけがない。運命という言葉を簡単に使ってほしくない。
「ダンマリとかお兄さんたちショックなんだけど〜」
こういう時は無視するのが一番だと運営さんたちに教わっている。
だから私もれおれおも一切返事をしていない。
本当は無視したあとに隙を見て逃げるのがいいって教わっているんだけど、私たちが逃げないのは、隼兎くんたちを待っているからだ。
絶対に逃げたほうがいい状況であることは間違いない。あとで事情を説明すれば隼兎くんたちも納得してくれると思う。
でもこんな人たちのせいで、私たちの限られた時間を邪魔されるのは癪に触る。
だから逃げない。このまま無視を貫き通す。
そしたらあっちも諦めてくれるかもしれない。
「警戒してみたいだけどさ、俺たち絶対に手出さないからさ」
嘘だ。嘘つきの発言は私にはすぐにわかる。
表情でも本音を言ってないって丸わかりだよ。
「それって、手出すやつのセリフじゃんか」
「そうか? いっけね。天然でちまったかも。でも手を出さないってのは本当だよ。ただキミたちがちょー可愛いからカラオケに行きたいなって思っただけ」
「そうそう。こう見えても俺たち歌めっちゃ上手だぜ? 何なら歌のレッスンしてあげようか?」
歌のレッスンか。ふふっ。笑っちゃいそうになっちゃったけど我慢だ。我慢。
「ねー。そろそろ喋ってくんない?」
「逃げないってことはオッケーってことでいいんだよね?」
何で逃げないからってオッケーになるのよ。
頭おかしすぎるんだけど。
隼兎くんたち早く帰ってこないかなぁ……。
「そんじゃ行こうぜ!」
ナンパ男の1人が私の肩に向かって手を伸ばしてきた。
ニヤニヤと笑いながら、鼻の下を伸ばしながら、醜い欲望に身を任せながら……。
気持ち悪い。嫌だ。怖い。
怖い。それ以上近付かないで。私に触れないで。
やめてやめてやめて。
助けて。
恐怖から逃げるように私は目を閉じてしまった。
目を閉じると視界は一瞬で暗闇に覆われた。
その暗闇が私の恐怖心をより一層掻き立てる。
「……あ?」
ナンパ男は私に触れてこなかった。それどころかそのナンパ男の口から疑問符まじりの言葉が溢れていた。
何事かと閉じたばかりの瞳を開ける。
視界は一気に明るくなった。眩しいと言えるほどではないけど、それでも眩しいと感じてしまったのは、隼兎くんが目の前にいたからだ。
隼兎くんの手は私に触れようとしていた男の手を掴んでいた。
私のことを守ってくれたんだってすぐに理解した。
少女漫画の一コマのような、ドラマのワンシーンのような、そんな現実では起こり得ないような光景が、ただただ私の鼓動を早くした。
これってなんて言うんだっけ?
あぁ、〝ときめき〟か。
ものすごく眩しい〝ときめき〟だ。
「何だテメェ。もしかしてこいつの彼氏か? ははッ。全く釣り合ってねぇなぁ。ドブスのド隠キャじゃんかよ。その手退けろよ」
「や、やめてもらってもいいですか……い、嫌がってるでしょ……」
隼兎くんが助けに来てくれた。
手が震えてる。きっと私のために勇気を出してくれたんだ。
「は? 声が小せぇよ。ダセェな。助けに来たつもりなんだろ? そんでビビってんじゃ隠れてた方が良かったんじゃねぇか? ただ恥を晒してるだけだぞ? だからド隠キャは引っ込んでろよ。釣り合わねぇって言ってんだろ」
酷い。隼兎くんはブスでも隠キャでもないのに。
これ以上隼兎くんを傷つけたくない。
このまま隼兎くんと一緒に逃げよう。
「い、いや……その……あまりにも魅力的で心が吸い込まれてしまったってのはわかります。痛いほどわかります。もう虜になっちゃいますよね。世界一の可愛さを前に理性が飛んでしまったってのもわかります。僕もいつもそうですから。ギリギリを生きてます。でも最低限のルールは守らないとダメでしょ。触るとか絶対にダメですよ。握手会でもないのに」
隼兎くんの言葉に聞き入ってしまった。
逃げようとしていたのに、隼兎くんの言葉を最後まで聞きたいと思ってしまって、体が動いてくれなかった。
「今度は早口で何喋ってんのかわかんねぇよ。とっととその手を退けろ。ぶっ飛ばすぞ」
「嫌です。そっちが退いてください」
「生意気なガキだなぁ。どうなっても知らねぇぞ」
ナンパ男の左手が上がった。
拳を作ってる。本当に殴る気だ。
やっぱりさっき逃げるべきだったんだ。
早く逃げないと。
「
「え?」
突然の女性の名前にナンパ男は驚いていた。
私も同じように驚いている。
この状況で隼兎くんは何を言ってるんだろう。
思考が一瞬真っ白になったけど、それ以上にナンパ男の顔が青白くなっていた。
そしてよろよろと後退る。
何が起きたんだろう。
猿田純菜……もしかして純平くんのお姉ちゃんの名前?
だとしてもどうしてナンパ男たちは、名前を聞いただけで怯んでいるんだろう。
「くっそ。猿田さんの知り合いだったか」
「知り合いじゃねよ。俺は弟だ」
隼兎くんの横に純平くんが立った。
やっぱり純平くんのお姉ちゃんの名前だったんだ。
「お、弟……た、確かに似てる……ご、ごめん。知らなかったんだ。許してくれ。猿田さんにだけは言わないでくれ。頼む。この通り」
「許してくれ。本当に申し訳なかった。もうしないから」
ナンパ男は2人揃って深々と頭を下げていた。
ナンパ男たちが恐怖に慄くほどの人物……純平くんのお姉さんって一体……。
「そろそろ姉貴も合流する時間だから、早くここから消えた方がいいと思うぞ?」
「ひぇっ!!」
「ひぃい!!」
ナンパ男たちは情けない声を上げながら一目散に逃げて行った。
「こ、怖かった……純平がいてくれて助かったよ。トイレに行ったばかりなのにちびりそうになったわ」
「いやいやいやいやいや、俺のおかげじゃなくて姉貴のおかげな。あとで姉貴には感謝しないと。好物のお菓子でも買ってから帰るとするかな」
「はははっ。僕もひとつ買うよ」
2人に笑顔が戻った。
本当はものすごく怖かったんだ。
それでも私たちを助けてくれたんだ。
2人は本当に勇敢でかっこいい。
「大丈夫だった?」
「え? あ、うん。隼兎くんたちが助けに来てくれたから大丈夫だよ。ありがとう」
「僕は何もしてないよ。かっこ悪いところを見せちゃっただけ」
「そんなことないよ。ものすっごくかっこよかった!」
「僕は純平のお姉さんの名前を出さなかったら、どうなってたかわからなかったし……感謝するなら純平と純平のお姉さんに」
こういう謙虚なところも含めてかっこいいんだよ。
って、言ってもまた否定されるだけだろうからさ、私らしく隼兎くんに感謝を告げようと思う。
「隼兎くん。いつもありがとうね。はいっ。握手会っ!!」
私は隼兎くんの手を握った。
今もまだ震えている手だった。でもすぐに震えは止まってくれた。
幸せで手の震えどころか心臓も止まりそう、って表情してる。
「い、いくら渡せばよろしいので?」
「お金は取らないからっ! 助けてくれたお礼だよっ」
「いや、だから僕は何も……」
「隼兎くん!」
「は、はい! な、何でしょか!?」
「これからも私のこと助けてねっ」
「もちろんだよ。小熊さんがピンチの時は絶対に助ける。これから先どんな時でも絶対に」
「ふふっ。ありがとう」
言質取ったからね。
「あっ、れおれおは……大丈夫そうだね」
私の最近の悪い癖。隼兎くんのことしか見えなくなっちゃう癖。
そのせいでれおれおのことを忘れてしまっていたけど、もう少しだけ忘れてあげてもいいかもしれない。
純平くん。頑張ってれおれおを射止めてね。
私も頑張るからさ。
「って! 隼兎くんが立ったまま気絶してる!!! 握手しすぎて幸せなんちゃらの致死量超えちゃったんだ!」
「な、何!? 隼兎大丈夫かよ!!」
「しょうがないなぁ。私が担いであげよう」
「それ絶対ダメなやつ! 隼兎がガチで死んじゃうやつ! それ以前に小熊が隼兎を担げないだろ!」
「そうだねっ。それじゃ純平くんにお願いしようかな」
今は純平くんに任せちゃったけど……私もこれから先どんな時でも、隼兎のこと助けてあげるからね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます