026:今日のクレープは一段と甘かった

 フードコートに到着した僕たちはクレープ屋さんに並んでいた。

 クレープ専門のお店だけど、ドリンクも豊富だ。

 一時期大ブームを博したタピオカドリンクなんてものも、その時のブームのままメインのクレープに負けず劣らず、メニュー表に堂々表記されている。

 喉が渇いた僕たちには打って付けのお店だ。

 まあ、僕は無料のウォーターサーバーで十分なんだけど、小熊さんたちの前でそんな乞食みたいな真似できないよね。

 ちなみに純平とれおれおはフードコート内を歩いている。どこで何を買うかを吟味している途中だ。


「チョコバナナクレープひとつお願いします」

「あ、あれ? 喉が渇いたんじゃなかったの?」


 喉が渇いていると言っていた小熊さんだったけど、注文した商品が明らかに喉を潤わす商品じゃなかった。


「あっ、ホイップ増し増しでお願いします」

「はいよっ」


 さらに喉を潤わす商品じゃなくなってしまったが、大丈夫か?


「隼兎くんは決まった〜?」

「えーっと、どうしようかな。やっぱりここは無難に――」

「はい。できたよ。チョコバナナクレープ、ホイップ増し増しね」


 はやっ!!

 驚くほどの速さ。さすがプロだ。


「ありがとうございます。あ、あれ?」


 頭にハテナを浮かべる小熊さん。

 かわぇえええ。

 って、そうじゃない。

 どうしたんだろう?


「ホイップいつもより多く入れておいたよ。増し増しのさらに増しねっ!」

「あっ、やっぱり! 少し多いなぁって思ったんですよ。ありがとうございます!」


 なるほど。ホイップが多くて不思議に思っていたのか。

 小熊さんの可愛さを前にサービスしたくなってしまったんだな、きっと。


「こちらこそいつもありがとうね。

「いえいえ。こちらこそいつもおいしいクレープありがとうございます。」


 くままのこと知ってたんだ。

 そりゃそうか。

 ここはくままとれおれお――ご当地アイドルIRISアイリスの本拠地。ホームだ。

 そこで働いている店員さんならくままのことを知らないはずがない。

 優しそうな雰囲気のおばちゃんだし、ここの店員さんでもあるから、スキャンダルの火種にはならなそうだな。


「ところで2人はデートかい? 若いね〜」


 でっかい火種になりそうだった!!!


「いいえ。文化祭でコスプレ喫茶をやるのでそれの買い出し、というか下調べに来たんですよ。れおれおにもきてもらってます。衣装に詳しいので呼んじゃいましたっ」

「そうだったんだね」

「やっぱりデートに見えちゃいます〜? 私たちお似合いですか〜?」


 な、何を言い出すんだ小熊さんは!!


「とってもお似合いよ。おばちゃんは人を見る目だけはあるんだからねっ。信じていいわよ」

「――ッ!!」


 小熊さんの顔が突然真っ赤になった。

 どうしたんだろう。

 それに喋らなくなって……なんだか取り乱してる?


「わ、私、先に席に行ってるね」

「あ、う、うん」


 本当にどうしちゃったんだろう。

 でも取り乱してるような感じの小熊さんも可愛かったなぁ。


「彼氏くんは注文決まったかい?」

「あへ?」


 唐突すぎる声かけに思わず変な声が出てしまったが、咳払いでそれを誤魔化す。


「か、彼氏じゃないですよ。小熊さんとはただのクラスメイト……友達です」

「うふふ。冗談だよ冗談。おばちゃんはからかうのも好きだから、ついね。お詫びにホイップサービスしてあげるからさ」

「えっ!? 僕もいいんですか?」

「いいんだよ。お詫びだからね。それと個人的に面白いものが見れたからさ。あんなに顔を真っ赤に。うふふっ」


 何故だか上機嫌な店員さんだ。

 ありがたくサービスのホイップをもらうとしよう。

 と、その前にクレープを決めなきゃなぁ……って、あれ?

 この流れ、僕もクレープを頼む感じになってる?

 もしかしてクレープを頼むように誘導されてた?

 さすが、ベテラン店員さんだ。

 次のイベントのために節約をって思って、ソフトドリンクにしようと思ってたのに。

 でもまあ、ここまできてしまったのなら仕方ない。

 僕もクレープを頼むか。


「苺クレープでお願いします」

「はいよっ。ちょっと待っててね」


 見入ってしまうほどの早業で、僕が注文した苺クレープがあっという間に完成した。


「はい。できたよ。苺クレープ。ホイップと苺もちょっとだけサービスしてあげたからねっ」

「あっ、ありがとうございます!」


 僕は苺クレープを受け取り、先に席で待っている小熊さんの元へと向かった。

 その席にはすでに純平とれおれおも座っていたけど、購入品がひとつも見当たらなかった。

 その代わり、2人の手には番号札が握られていた。

 2人は何を注文したんだろうか。


「お待たせ。僕もサービスしてもらっちゃったよ」

「おー、よかったねっ。本当に優しいよねっ。クレープ屋さん」

「うん。でも僕は小熊さんと一緒だったからサービスしてもらえたんだと思う。だから小熊さんにも感謝しなきゃだね。ありがとう。一生推します」

「うんっ。一生推してねっ」

「仰せのままに〜」


 そんなやりとりをしてようやく席に着いた。

 幸せなやりとりにクレープを食べる前からお腹いっぱいになっちゃったよ。


「ところで純平たちは何を注文したの?」

「俺は肉蕎麦だ。ここの蕎麦は格別だからなぁ」

「私は天ぷら蕎麦」

「へぇ〜、2人とも蕎麦なんだ」


 お似合いだね、と言いかけてしまった。

 同じものを注文しただけでお似合いだと思ってしまった。

 それはブーメラン発言にも繋がりかねない。

 どういうことかというと、僕と小熊さんも同じクレープを頼んでいて、お似合いなんじゃないかということだ。

 お前らもな、って純平に言われたらものすごく恥ずかしくなってしまう。

 苺クレープの苺よりも真っ赤になること間違いなしの発言だ。

 とにかく今は甘いホイップを食べ、糖分を摂取して落ち着くとしよう。


「なんか2人ともお似合いだね」


 僕が言いかけた発言を小熊さんが何も躊躇うことなく発してしまった。

 やばいぞ。このままだとお前らもな、って返されてしまう。

 そうなった暁には苺クレープの苺よりも――以下略!!!!


「お前らもな」


 きたー!!!!

 やっぱり言ったか。純平とは小学校からの付き合いだ。だから絶対に言うと思ってたよ。

 やばい。どう返せばいいんだ。重要なところを考えてなかった。

 きっと糖分不足で思考が低下してたからだ。

 どうしよう。どうしたらこの恥ずかしさを誤魔化せるんだ。


「ふふふ〜。そうでしょ〜」


 受け入れたー!!!

 小熊さん。それを受け入れてしまったら、それは……その、そういうことになっちゃわないか!?

 いや、そういうことってどういうことだよ。

 とにかく、友達以上の関係っぽく見えてしまうし、そもそも僕自身が意識してしまう。


「ファンという存在は推しと嗜好が似るらしい。それが今証明されたね」

「え、そうなの!?」


 なんか『ペットは飼い主に似る』みたいな発言をれおれおがしたけど、そんなことってあるの?

 でも、まぁ……そういうことならちょっとは恥ずかしさを誤魔化せるかな。

 やっぱりれおれおはどの場面においても神対応を見せてくれるなぁ。おかげで助かった。


「相思相愛ってことだねっ!!!」


 くぅぅうう!!

 小熊さんに言われて嬉しい言葉ランキングで、絶対に上位に入る言葉だったぞ。

 でも今じゃない。今その発言は違う!

 せっかく助かったばかりなのに。これじゃさっき以上に恥ずかしいじゃないか。

 それにさっきから僕、返事というか、全く反応してないんだけど。

 反応がないと本当にそういうふうに意識してるって思われちゃう。

 いや、実際に意識はしてるんだけど。

 でもそれをあからさま思われてしまうのはちょっと違うだろ。

 神対応を僕も見せるんだ。解決方法を見つけろ。この状況における最適解を導き出せ。


『――番号札12番、13番のお客様。お料理ができましたので受け取りカウンターまでお越しください』

「おっ、呼ばれた」

「私もだ」


 ふぅー。助かった。

 変に発言するよりは良かった。ナイスタイミングだ。蕎麦屋の店員さん。


「ふふっ。嗜好が似るんだってね。ふふふっ。美味しいね。クレープ」


 小熊さんはとても楽しそうにクレープを食べている。

 頬や鼻先に生クリームが付いていないのがちょっと残念だ。

 元気いっぱいで明るい性格だから絶対に付いちゃうと思ってたけど、食べ方はかなり上品で可愛い。


「ものすごっく甘くて美味しい」


 今日のクレープは一段と甘く感じたのは何故だろうか。

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