025:これって傍から見たらダブルデートに見えるんじゃね?

 下調べと称したくままとれおれおのファッションショーは無事に幕を閉じた。


 目的である文化祭の出し物の衣装――〝チェキが撮れるコスプレ喫茶〟の衣装については、何かしらの収穫があったと思う。

 確信がないのは、実際に本人に聞いてないからだ。

 小熊さんの表情を読み取った僕の一方的な思い込みかもしれないけど。

 でもそう思わせるくらいに小熊さんは、試着を終わらせた今も楽しそうにしている。

 まあ、衣装について僕が心配することなんて何ひとつとしてないんだけどね。

 小熊さんと班の女子たちに全て任せよう。男子のコスプレも含めて全てだ。

 僕ができることといえば荷物持ちぐらいだろう。その時は全力で荷物持ちをすると今心に誓うよ。


「帰る前にさ、フードコートに寄らない?」


 小熊さんからの突然の提案だ。


「着替えばかりしてて喉が渇いちゃったっ」


 というのが理由だ。

 まあ、喉が渇いたのなら仕方ない。それだけ試着を頑張ってくれたって証拠だ。

 断る理由はない。と、考えるのは普通だが、小熊さんとれおれおはご当地アイドルだ。

 しかもここは活動拠点でもあるショッピングモール。

 どこで誰が見ているかわからない。

 もし見られでもしたらアイドル活動に支障をきたしかねない。スキャンダルの恐れがある行為はなるべく避けなくてはならない。

 それがファンとしての務めだ。

 今までの試着は文化祭の買い出しの下調べだと説明すれば、なんとかなるだろう。

 学校が違うれおれおがいる件についても、衣装に詳しいからと説明すればなんとかなる。

 だがしかし、フードコートはダメだ。

 何をどう言い訳しても、傍から見ればこの状況はダブルデート!!

 なぜ今まで気付かなかったんだ。完全にこの構図はダブルデートじゃないか。

 いや、僕と純平がご当地アイドルの2人と釣り合っていないというのはわかってるよ。わかりきってることでもある。

 だけど、真っ先に浮かんでしまうのがそれだろう。

 スキャンダルを回避するためにも、フードコートへ行くのは避けなければ。


「フードコートはさ――」

「――私も喉が渇いた」

「俺もだ」


 僕の言葉はれおれおにかき消された。直後、れおれおの言葉に――小熊さんの意見に純平も賛同しまった。

 完全に出遅れた。多数決を取ったとしても、僕に勝ち目はないことは目に見えてる。

 説得するか? いや、それも無理だ。

 小熊さんは絶対に揺るがないはず。れおれおも小熊さんの味方に回るに違いない。

 となると、親友の純平だが、僕よりも推しを取るはずだ。逆の立場だったら僕でもその選択肢を選ぶ。


 ……諦めるしかないか。

 そもそも自分で釣り合ってないってわかってるんだから、他の人にもそう見えるはずだよ。

 だとしたらダブルデートだなんて思わないはず。

 文化祭の買い出しの延長だと説明したほうが早い。

 あー、恥ずかしい。どこがダブルデートなんだか。

 激しい妄想は時に虚しさを産むなぁ。


「ママーみてー!」


 可愛らしい女の子の声が聞こえた。

 僕の意識はその女の子に集中する。

 年は5歳か6歳くらい。小学生ではなさそうだな。

 というか指を差されている気がする。

 もしかしてくままとれおれおのことを知っているとか?

 そりゃそうか。ここは2人にとってホーム――拠点だ。

 地元の子でよく買い物に来るのなら、チラシでもイベントポスターでも一度は目に入るだろう。

 子供は記憶力がいいからきっと、くままとれおれおに気付いたんだ。

 まあ、この2人のオーラは隠そうとしても隠しきれないものがあるからなぁ。

 この歳でそれがわかるとは。この女の子は将来いいオタクになるかもな。いや、ご当地アイドルになっちゃったりしてな。

 そしたら僕がキミを推してあげるよ。なんちゃってね。

 僕の推しはくままだけだ。ごめんよ。未来のアイドルちゃん。


「ママがみてるどらまでやってたやつー!」


 ん? ドラマ? どういうことだ?


「だぶるでーと! だぶるでーとだよね、あれ! だぶるでーとしてるよー!」


 ぬぁああああ!!

 未来のアイドルちゃんが大声で、絶対に言っちゃいけないワードを連呼してるー!

 やっぱり傍から見てもダブルデートに見えちゃいますか?

 そりゃそうか。男女2体2で仲良く歩いてるんだもんな。

 釣り合うとか釣り合わないとか関係なしに、第一印象はカップルとかに思っちゃうわな!


「だぶるでーと、はじめてみたー」


 やばい。やばい。やばすぎるぞ。

 お母さん、未来のアイドルちゃんを止めてくれよ。


「ふふふっ。本当ね。仲が良いわね。ドラマよりも素敵なカップルたちね」


 お母さん?


「私もあの子たちくらいの時はね、あの子たちと同じようにパパとイチャイチャしてたのよ」

「へぇ〜、いちゃいちゃか〜」


 お、お母さん!?

 なんてことを5、6歳の娘に言ってんだ!

 くっそ。もうここはダメだ。ここに居続けるのは得策じゃない。

 早くこの場から立ち去らなきゃ。


 僕の脳内で警鐘が鳴り響く。

 緊急事態だ。

 この気持ちをそのまま受け入れたら、この勢いのまま出口に行けそうだ。

 強行突破になるが致し方なし。

 スキャンルも避けれるし、爆弾発言親子からも離れられる。一石二鳥だ。

 全員を連れてここから離脱しよう。

 そうと決まれば行くぞ、山本隼兎!!


 僕は一歩踏み出した。

 力強い一歩だったと思う。

 それだけ気合を込めたから。

 しかし、僕が踏み出せたのは一歩だけ。

 二歩目は僕の鼓膜から全身へと振動させたくままの声によって止められてしまったのだ。


「隼兎くん。そっちじゃないよ。こっちこっち」


 それだけじゃなかった。

 僕の右腕をく小熊さんの小さな手が掴んでいた。

 手のひらからは温もりを感じる。優しさも。努力も。何もかも。

 大袈裟かもしれないけど、小熊さんがくままとして積み重ねてきた全てが伝わってきたような気がした。

 だから振り払えなかった。抗うこともできなかった。このまま引っ張って出口に向かうことすらもできなかった。

 ただただ僕はくままに引っ張られながら、出口とは真逆のフードコートへと足を運ばせた。

 純平とれおれおは少し遅れて僕たちを追いかけている。


「ふふっ。ダブルデートだってね」


「今それ言う? その発言から逃れようとしたところだったんだけど」


「だとしてもなんで出口に向かおうとしたの? フードコートはこっちだよ」


「フードコートなんて行ったら余計に……その……思われちゃうよ」


「思われちゃうってな〜に?」


 くっ。小悪魔みたいな笑みを浮かべやがって。可愛すぎるだろ。

 どうしてもその言葉を僕に言わせたいみたいだな。

 仕方ない。この足はもう止まらないんだ。

 それならフードコートに着くまでに小熊さんの足を止めてみせる。


「だ、だぶる……ダブルデートだよ」


「おぉー。よく言えました。偉い偉い」


 あぁ、なでなでされたい。

 って、そうじゃない!!!


「小熊さんもわかってるでしょ。この状況でフードコートに行ったらスキャンダルの恐れがあるよ。アイドル活動に支障をきたすことにも繋がる。写真を断った時にも話してるけど、僕は本気でくままを応援してるんだよ。僕が原因でキラキラに光るくままを汚すことはできない。だからフードコートには行けない」

「ダメだよっ。その意見を貫き通したら、隼兎くんが私たちの悪者みたいになっちゃうじゃん」

「悪者で結構だよ。それで推しを守れるんなら本望だ」

「う〜ん。じゃあ私も悪者になろうっかな」

「へ?」

「友達を大切にする悪者にさ」

「それってどういうこと?」


 わからない。

 本当に何を言ってるのかわからない。


「ファンはもちろん大切だよ。隼兎くんが言うようにスキャンダルとか絶対ダメだし。でも友達も大事なんだよ。だからスキャンダルを恐れるよりも友達と一緒にいたいって私は思ってる。普通の高校生みたいにさ。それで誰かが変な噂したり、写真を撮られたりしたらさ、運が悪かったなって思うよ。でも友達と一緒にいることは悪いことじゃないでしょ? それが異性だとしても、それが応援してくれてるファンだとしても。だって友達だもんっ。何にも悪いことじゃないもんっ」


 そうか。小熊さんは僕たちのために。


「……でも」


「でもじゃありませ〜ん。それにもう遅いで〜す」


 その言葉で気が付いた。

 僕たちはすでにフードコートに到着してしまっていることに。

 小さなショッピングモールだから、すぐ着いてしまった。

 まあ、でも……今回は何事も起きないことを願うしかないか。

 自分でツーショット写真を撮って、誤ってネットに上げてしまったり、その写真をたまたま別のファンに見られたりしてスキャンダルになるよりかは、遥かにマシだよね。


「はぁ……わかったよ。もうここまで来たら付き合うよ」

「やったー。それじゃこのままの勢いで普通のツーショット写真も撮っちゃう〜?」

「それはダメ。ダメ絶対」

「も〜う、薬物乱用防止みたいに言わないでよっ」

「ある意味僕にとっては、薬物よりもヤバいかもしれないから。これガチで」


 一度写真を撮ってしまったら多分止まらなくなるんだろうな。

 ネジが外れたロボットみたいに歯止めが効かなくなると思う。

 写真を撮れば撮るほどスキャンダルのリスクも上がる。

 だから一度でも撮ってしまったらもうアウト。取り返しがつかなくなるんだよ。


「わかってますよ〜。でもいつか絶対に撮るからねっ」

「諦めない小熊さんも素敵。天使だ」

「心の声漏れてるぞー?」

「や、やってしまった!」

「ふふっ。それじゃあドリンク買おっか」

「あっ、あ、ちょっと!!!」


 フードコートに着いたのに小熊さんは僕の腕を掴む手を離さなかった。

 この手に引っ張られて、振り回されるのも悪くないと、僕は心の底から思ってしまった。

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