021:復活の呪文

 放課後になった。

 小熊さんと文化祭の買い出しの約束をした放課後だ。

 こんなにドキドキする放課後は生まれて初めてだよ。

 小熊さんことくままは僕にいつもときめきをくれる。

 あぁ、女神だ。天使だ。くまま様だ。


 でもわかってる。

 この買い出しは僕とくままの2人だけではない。

 〝コスプレ衣装の買い出し〟を担当された班全員での買い出しだ。

 まあ、2人だけの買い出しなら断ってたけどね。

 だってそうでしょ?

 僕と小熊さんの2人でショッピングモールを歩いているところを他のファンに見られでもしたら、十中八九勘違いされて流に違いない。

 そうなってしまったらくままのアイドル活動に支障をきたしてしまう。

 それだけはファンとして避けないといけないことだ。

 たとえ文化祭の買い出しだと理解してもらったとしても、誤解を解けたとしてもだ。

 決してくままという神以上の存在を汚してはいけないのだ。

 それがファンとしての僕の務め。クラスメイトとして一番注意しなければいけないこと。


「お待たせー」


 小熊さんの元気いっぱいで甘い声が僕の鼓膜を振動させた。

 そしてその振動は、脳へ、心臓へ、全身を駆け巡る。

 全身で感じる小熊さんの声。僕はなんて幸せ者なんだ。


「それじゃ行こうか」


「え? ちょっと待って」


 様子がおかしい。行こうか、ってまだ僕と小熊さんしか集まってないぞ?


「まだ僕たちしかいないんだけど……?」


「うん。そうだよ。2人で買い出しに行こうと思って誘ってないもん」


 ぬぉおおおおー!!!

 なぜ!? なぜに!? なぜなのだ!?

 フラグか?

 さっき2人での買い出しがどうとか考えてたあれがフラグを立ててたのか?

 だとしたら僕が悪いじゃないか。

 だとしなくても小熊さんが悪いはずはない。

 くっ、やってしまった。

 早速アイドル活動に支障をきたしかねない状況に。


「それじゃ買い出しはまた別日にしよう」


「なんでー?」


「買い出しってショッピングモールでしょ? あそこはくままもよくイベントやってるし、2人で歩いてるところとか他のファンに見られたら大変なことになるじゃん。ほら、いつも言ってるけど、僕はくままのファンとしてスキャンダルを避けたいんだよ」


「そういうと思ったけど、これは学校行事の一貫だよ。文化祭の買い出しだって説明すれば、スキャンダルとかにならないんじゃないかなー?」


「甘いな。甘すぎる。その脳をとろけさせてしまうほど甘い声ほど甘い。つまりこの世のすべての中で一番甘い。糖分100パーセントだ。いい? 勘違いですって説明している時点でもうダメなんだよ。相手が納得したとしても砂糖の一粒ほどの疑念や疑惑が残ったらダメなんだ。僕はくままを汚したくない。だからこの通り。買い出しは別日にしよう。他の班の人たちも一緒に行ける日に」


 僕は誠心誠意込めて伝えた。

 頭も下げてる。こんな軽い頭でも下げるだけのことはできるからね。


「ものすごく悔しそうな顔してるのは気のせい?」


 うぐッ。バレてたか。


「頭を下げてるのもその表情を見られないようにするためだったりしてー?」


 くっ。それもお見通しか。さすがは小熊さんだ。


「だったら本当は一緒に買い出しに行きたいんじゃないのかな〜? かなかな〜?」


 くぅー!!!

 ダメだ。すべて、何もかもお見通しだ。


「その通りだ。本当は買い出しに行きたい。でもくままのファンとしてそれはできない」


 たとえどんなことがあっても僕の心は揺るがないぞ。

 絶対に。絶対にだ。


「隼兎くんの本気は伝わったよ。多分こうなるだろうって予想はしてたんだけどね。隼兎くんくままのこと好きすぎるんだもん」


「うぅ……お願いだから引かないでね」


「引かない引かない。むしろ好感度バク上がり。私のこと大切に思ってくれるファンは私だって大好きだもん」


「――ガハッ!!!!」


 だ、大好き……だと……。

 意識を保て……山本隼兎。ここで倒れたら小熊さんに迷惑をかけてしまう。

 意識を……意識を……。


 ――バタッ。


「あっ、隼兎くんが倒れた」


「ファンの前では発言に気をつけて……死人が出るから……」


「ふふっ。気をつけるよ。それじゃ倒れた隼兎くんが元気になるようにここで隼兎くんが大好きな〝くままポーズ〟を――」


「ストーップ! ストップ! マジで死んじゃう。マジで死んじゃうから! 幸せの致死量超えちゃってるから!」


「ふふっ。すでに〝くままポーズ〟の引き金に指はかかっているのだよ。くまくまくまくまくま」


 声も笑い方もやっていること全てが可愛すぎる。可愛いを具現化した存在かよ。

 もう可愛いすぎて僕の体は蜂の巣状態だよ。


「くっ、ここまでか……」


 倒れている僕の瞳に引きつった表情をした親友の姿が――純平の姿が映った。

 なぜ引きつっているのかはわからない。きっと小熊さんの可愛さに気付いて堪えてるのだろう。

 わかる。わかるぞ。この可愛さに耐えられるはずがないもんな。


「お前ら本当に仲がいいな。何してんだ?」


「おっ、ナイスタイミングだよ。純平くん。今から3人で文化祭の買い出し行かない?」


「コスプレ衣装の買い出しだよな。今日は姉貴の帰りも遅いし、ちょうど暇してたところなんだよ。いいぜ、買い出し。付き合ってやるよ」


「だってよ〜、隼兎くん。3人なら問題ないでしょ?」


「ノープロブレム。問題ないです」


 ありがとう純平。やっぱり純平は僕の親友――大親友だ。

 純平のおかげで小熊さんと買い出しに行ける。今日、この後!


「で、隼兎。いつまで倒れてんだ?」


「不甲斐ないことに、買い出しに行ける嬉しさで立てなくなってしまった……」


 本当に体が動かない。

 可愛さの致死量を超えているせいでもあるけど、今は嬉しさが勝っている。

 嬉しすぎて嬉しすぎて体に力が入らない。


「それじゃ延期にする?」


「行きます」


 小熊さんの魔法の言葉によって僕の体が一瞬で起き上がったぞ。

 さすが神以上の存在のくまま様だ。

 死んでも生き返るレベルの力。復活の呪文だ!!


「ふふっ。それじゃ3人で買い出しに行こーう!! いつものショッピングモールへ! レッツラゴー!!」


 すっごく楽しそうな小熊さんを見ていると、こっちも楽しくなってくる。

 この笑顔を引き出せたのは純平のおかげだな。


「俺たち3人で行くのはいいけどよ。他の班の女子たちはどうすんだよ?」


 おっ、それそれ。僕もちょうど聞こうと思ってたやつ。

 小熊さんは僕しか誘ってなかったっぽいし、結局3人で行くんならみんなと一緒に行った方がいいもんね。

 というかそのための班なんだからさ。


「大丈夫だよっ。別の日に女子だけで行く約束してあるからさ」


 なるほど。別日に約束があったのか。となると今日はやっぱりこの3人での買い出しになるな。

 ん? 買い出しでいいんだよね? 下調べって感じがするけど。


「下調べも大事なんだよっ」


「ぬあ!? また僕の心を読んだ? 全てお見通しってことか……」


「ふふっ。心なんて読めないってば。隼兎くんの表情がわかりやすいんだよ」


「さすがくまま様だ」


「おい。2人の世界に入らないでくれ。俺もいること忘れるなよ?」


「ごめん純平」「ごめんね純平くん」


 嬉し恥ずかしの声重なり。

 ああ、純平のおかげだ。

 本当にありがとう。


「なんか感謝されてる気がするんだけど」


「なぬ!? 純平も心を読めるのか!?」


「いや、表情でわかる」


 僕っていつもどんな表情してるのさ!

 わかりやすい表情ってなんなのさー!


 こうして僕と小熊さんと純平の3人は、文化祭の出し物〝チェキが撮れるコスプレ喫茶〟の〝コスプレ衣装〟の買い出しに行くことになったのだった。

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