022:〝ときめき〟がいっぱいの専門店

 ショッピングモールに到着した。

 地元に唯一あるショッピングモール――ご当地アイドルIRISアイリスがいつも地域活動の一環としてイベントを行なっている聖地だ。


 この聖域に足を踏み入れるこのドキドキ感。

 今日はイベントがあるわけではない。

 なのにこんなにドキドキしているのは、小熊さんことくままが隣にいるからだ。

 いつもはステージの上に立っているくままが僕の隣に。

 学校ではそこまで緊張はしなくなったけど、場所が変わっただけでここまで緊張してしまうとは。

 ここが聖地だからってのもあるけど、それでも緊張しすぎてる気がする。


「ついたついたー」


 小熊さんの明るく元気な声が緊張している僕の鼓膜を振動させた。

 それによって目的の専門店についたのだと理解する。

 ここは様々な職業の制服を購入することができる専門店だ。

 メイド服や可愛らしいエプロンはもちろんのこと作業着、パティシエやシェフの長い帽子、様々なビジネスシーンに合ったスーツ、色鮮やかな着物や浴衣の数々、祭りとかで着るハッピとかサンタの衣装などなど、なんでも揃ってる専門店だ。

 このお店にも〝ときめき〟がいっぱいだ。


 僕たちの文化祭の出し物〝チェキが撮れるコスプレ喫茶〟でのコスプレ衣装は主に様々な職業の衣装を着ることになる。

 アニメキャラやゲームキャラのコスプレは、学校側からNGが出ている。文化祭というのはあくまで学校教育の一環、特別活動として行われる文化的行事だということなのだ。


「全種類買おう」


「だ、大胆すぎる発言だね。急にどうしたの?」


「だってくままが着てる姿全種類見たいんだもん! それでツーショットチェキが撮りたい」


 おっと。ついつい本音が出てしまった。

 まあ、黙っていたとしても僕の表情でバレてしまっていただろうけどね。


「学校から配給された準備費とクラスのみんなからもらった費用じゃ足りないかな〜」


 ですよね。

 このまま『えー、買ってよー、着てよー』と駄々を捏ねそうになってしまったが、僕はもう高校生。

 そんな子供のような真似はしない。我慢できる。


「ものすごく悔しそうな顔してるね。駄々こねる前の子供みたいな表情」


 くっ。表情だけは我慢できなかった。

 というかどんだけ僕の表情はわかりやすいんだよ。

 いや、小熊さんの洞察力が凄まじいのか。だって小熊さんは女神で天使でくまま様なんだから。


「お、おい……小熊……」


 どうしたんだろう。純平の様子が変だ。


「どうして……なんで……」


 信じられないものでも見ているかのような表情だ。

 僕に読み取れるのはここまで。

 何をそんなに驚いているんだろうか。


「なんで、がここにいるんだよ!?」


 え? れおれお?

 れおれおってご当地アイドルIRISアイリスのれおれお?


「なんでって、私が呼んだんだよ〜」

「呼ばれたので来た」


 ほ、本当だ。いつの間に小熊さんの隣に!?

 小熊さんに見惚れすぎていて気が付かなかった。


「私よりもれおれおの方が衣装に詳しいからね。みんなでご教授してもらおうよっ」

「私で良ければ教えてあげる」


 えーっと。ちょっと待って。これって……この状況って……目の前にご当地アイドルIRISアイリスの2人がいるって事で間違いないよな。

 ただの平日。それも放課後。

 そんな変哲もない日常に2人が揃うのって、奇跡に等しいんじゃないか?

 そんな奇跡を最も容易くやってのけるとは。さすが神をも凌駕する存在のくまま様だ。


「小熊! いや、小熊様。ありがとう」


 純平が珍しく膝をついて感謝を告げている。

 頬を伝う涙まで!


「れおれおも来てくれてありがとう。俺、今日という素晴らしい日を一生忘れない」

「大袈裟だよ。こちらこそ昨日はありがとうね」

「お、覚えててくれてるだなんて……なんて光栄な……」

「結婚しようってセリフはあまりにも印象が強かったからね。忘れられないよ」

「あっ、うっ……その節は大変ご迷惑をおかけしました。緊張して何がなんだかわからなくなってしまって……」

「迷惑じゃないよ。また来てね」

「も、もちろんです!!!!」


 一通り挨拶が済んだようだ。

 突然推しが目の前に現れたんじゃ取り乱しちゃうよな。

 今も純平ガッチガッチになってるし。

 がんばれ純平。今日という奇跡を一緒に満喫しよう。


「ふふっ」


 小熊さんの甘い笑い声が僕の鼓膜を刺激した。


「いつもの隼兎くんみたいになってるね」

「えっ、僕っていつもあんな感じなの?」

「私の前では少なくともあんな感じだよ」

「ま、マジで?」

「大マジ。ううん。もっとすごいかも」

「天使の魅力に充てられてしまい、自我を保ててなかったのかも。以後気をつけます」

「今まで通りでいいよ。そっちの方が私も楽しいし」

「あぁ、天使すぎる」

「それそれ!」


 あー、これか。確かに小熊さんの前だといつもこんな感じだ。

 世界一の可愛さを前に体が反射的に反応してしまうのだよ。

 もう僕の体はそうなってしまっているのだよ。


「店の前で立ち話も迷惑だろうから、行こうか」


 店に入って行ったれおれおに僕たちは続いた。

 なんだか不思議な気分。夢でも見ているようだ。


「メイド服だけでも種類が豊富ね」

「着やすさ重視で無難なデザインが好ましい」

「えー、もっと派手なのでもいいんじゃない?」

「肌面積は少ない方が私は萌える。それに文化祭ならそっちの方が適切だろう」


 などと天使たちがメイド服の前で喋っている。

 僕たち男子が入る余地などないほど神秘的な光景だ。

 むしろここに入るなど邪道すぎる行動だ。

 あぁ、この光景だけでもう満足すぎるんだけど。

 きっと純平も同じ気持ちだろう。


「くぅう!!」


 純平はガッツポーズを取っていた。

 それだけ感動しているという事だ。

 わかる。わかるぞ純平。

 だって僕もガッツポーズを取っているから。

 いつから取っていたかって?

 わからない。無意識のうちに取っていた。

 きっとこの店に足を踏み入れた瞬間からだろう。

 あぁ、試着とかしないかなぁ。なんて思ったりして。

 ははっ。贅沢な願いだな。

 この光景だけで満足って言ったばかりなのに。


「じー」


 ん?

 何故だろうか。

 小熊さんがずっと見ている気がするんだけど……。

 目を逸らしてもずっと見続けてるんだけど。

 もしかして僕がやましいことを考えていたから怒ったとか?

 試着して欲しいって願ったのがバレちゃったのか!?

 くっそ。そうだった。僕の表情はわかりやすいんだった。

 小熊さんからしたら百発百中で当たるレベルなのに。


「ねえ、れおれお」

「ん? どうした?」

「試着してみない?」


 な、何!?

 まさか、くまま様ご本人の口からそのお言葉を!


「そうだね。実際に着心地を確認するのはいいことだ。着てみるといい」

「れおれおもだよ」

「私もか」

「れおれおにも感想もらいたいもんっ! ねっ? いいでしょ」

「私は構わないが……男子たちは大丈夫か?」

「ん? 何が?」

「何故か悶絶しているみたいだが」


 れおれおの言う通り、僕と純平は幸せという攻撃を受けて悶絶していた。

 辛うじて意識を保っている状態だ。

 百戦錬磨の戦士でもこの幸せに耐えるのは至難のわざに違いない。


「なぁ、純平……」

「あぁ、隼兎……」


 僕は純平と視線を交わした。

 なるほど。相手の気持ちが手に取るようにわかる。

 きっといつもの僕もこのくらい簡単に小熊さんに考えを読まれているんだろうな。


「ご褒美回だね」

「ご褒美回だな」


 僕たちは固い握手を交わした。


 ――ご褒美回ありがとうございます。

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