019:くままのささやきと吐息を受けて平常心なんて無理

隼兎はやとくん。最初のポーズはどうする?」


 くままが笑顔でいてきた。

 最初のポーズか。くままポーズも捨てがたいが、さっきの純平とれおれおを見てしまったからな。ペンライトでケーキ入刀がしたい……。


「私たちもケーキ入刀のポーズしようかっ」


 まただ。またくままは僕の心を読んだ。それも的確に。

 いや、心を読んだんじゃなくて、僕の表情がわかりやすいって言ってたよな……。

 それにしても僕ってそんなにわかりやすいのか。毎回的確に当てられすぎではないか?

 そんなことよりもポーズだ。

 せっかくくままが僕の表情から読み取って、僕が撮りたいポーズを言ってくれたんだ。

 これは是が非でも撮らなければ!


「う、うん。お願いします」


 ぬぁああああー。恥ずかしい。恥ずかしいぞ。

 たかがポーズ、されどポーズ。

 結婚式での定番のケーキ入刀のポーズ。改めてやるってなったらめっちゃ恥ずかしい。緊張してしまう。

 この緊張を純平も体験したというのか。

 なんだか、体も熱くなってきた。今僕の顔真っ赤になってないだろうな?

 真っ赤な顔でチェキは撮りたくないぞ。チェキが現像されて僕の顔が真っ赤だったら、それを見た恥ずかしさでさらに真っ赤になってしまう。

 そこから2枚目のチェキ。もう最悪の連鎖だ。

 そうならないためにも落ち着け、落ち着くんだ。


「ふふっ」


 緊張している僕のことを気にかけてくれたのか、くままが笑みを溢しながら僕の耳元に顔を近付けてきた。

 何か緊張をほぐしてくれる一言でも言ってくれるのだろうか。

 天使からの一言、女神の導き、くまま様のお言葉を緊張している僕にください!


「将来本当にこうなったりしてねっ!」


「――なッ!!!」


 なんてことをくままは耳元で囁くんだ!

 緊張を解すどころか、余計に心臓がバクバクと――張り裂けてしまう!

 幸せすぎてで死んでしまう!

 やばいやばいやばいやばいやばい。僕とくままが本当にケーキ入刀を? 想像しただけでもうやばい。

 それにくままのささやきボイス。甘い声で脳が蕩けそうになるのはもちろんのこと、ささやいた際の吐息が、吐息がマジでやばい。

 鼓膜が喜びのあまり破けてしまいそうだ。


「ペンライト貸して〜」


 右手が軽くなった。ペンライトを取られたからだ。


「はい。ここ持って〜」


 言われるがままに動く僕の体。

 いつの間にかケーキ入刀のポーズをしていた。


「それじゃ撮りますね。3、2、1――」


 ――カシャッ!!


 シャッターが切られた音がした。

 目の前にいる女性スタッフがチェキカメラのシャッターを切ったのだろう。

 ということは――


「現像するまでちょっと待っててくださいね」


 本日1枚目のチェキが終わってしまったということだ。


 くままのささやきによって緊張MAXになったこの状態で。

 言われるがままに動いて、いつの間にかしていたケーキ入刀のポーズで。


「隼兎くん、顔真っ赤だよー!」


 でしょうね!!!

 現像したチェキフィルムに映る僕の顔は、覗き込んで横から見ているくままが言った通り真っ赤だ。

 まったく、誰のせいで顔が真っ赤になったと思っているんだ。


「2枚目はどうする〜? やっぱり隼兎くんが大好きなくままポーズ?」


「この状態でのくままポーズは生死に関わる。もうちょっと落ち着いてから撮りたい」


「ステージで死人が出るのは困る。よしっ、ちょっとだけ休め〜」


 なんとか心を落ち着かせる時間を確保することに成功した。

 だけど――耳に、脳に、心に残ってる。くままのささやきが。


『将来本当にこうなったりしてねっ!』


 くぅうううううううう――。

 今すぐベットに飛び込んで叫びたい。

 って、余計に興奮してどうする。

 今は心を落ち着かせる時間だ。

 落ち着け。落ち着け。落ち着くんだ。


『将来本当にこうなったりしてねっ!』


 あっ、ダメだ。これ、落ち着けないやつだ。

 さっきから心臓もうるさいし、体もずっと熱い。汗も止まんない。

 自分の体なのにコントロールができない。

 体の自由を奪うほどの力。くままの力はなんて強力なんだ。


「あれ? 純平くん帰っちゃうよ」


「え?」


 くままが言った通り、イベント広場から去っていく純平の後ろ姿が映った。

 どういうことだろうか、と一瞬考えたが、純平の様子を見て答えはすぐに出た。


「なんかふわふわしてるね」


「あー、うん。ふわふわしてるね」


 純平の足取りはふわふわとしていて覚束おぼついてなかった。

 大丈夫だよ純平。僕も経験者だ。

 初めてチェキを撮った日、僕も心と体がふわふわしてた。

 だから許すよ。僕を置いて先に帰ってしまったことを。

 推しの魅力には抗えない。致し方ないことだ。

 そして感謝するよ。純平のおかげで――


「――緊張が少しほぐれたよ。2枚目撮ろう!」


「待ってましたー! それじゃ、ケーキ入刀ポーズの次は誓いのキッスポーズで〜!!」


「がはッ――!!!」


 な、何が起きた。なんで僕は膝から崩れ落ちているんだ。

 それにこのダメージはなんだ。くままは僕に一体何をしたんだ。


「おっ、跪きながらのプロポーズの姿勢か。このポーズもいいね。それじゃ2枚目はこれでいこーっ!」


 違うんだくまま。これはプロポーズの姿勢なんかじゃない。

 強烈なダメージを受けた衝撃でこうなってしまっただけなんだ。


「それじゃ撮りますね。3、2、1――」


 ――カシャッ!!


 またシャッターが切られた音がした。

 それと同時に思い出した。


『誓いのキッスポーズで〜!!』


 とんでもないくままの発言を。

 もう今日はダメだ。

 まともにチェキなんて取れない。

 あぁ……残りの8枚の参加券が無駄に……。


「ふふっ。いろんなポーズができて楽しいねっ。次はどんなポーズにしようかなー」


 でもくままは楽しそうにしてる。

 推しが楽しんでるならいいか。

 残りの8枚もなるがままに撮るか。

 これもこれで結局は山本家の家宝になるんだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る