018:ペンライトでケーキ入刀

 ご当地アイドルIRISアイリスのイベントは無事に幕を閉じた。

 僕にとっては4回目の観覧。純平は本格的に観覧した初めてのイベントだ。

 本当にあっという間だった。なんなら待ち時間のあの2分の方が長く感じるくらい。それくらいあっという間だった30分間だった。


 イベント自体はこれで終了だが、のイベントはまだ終わりではない。ここからが本番だ。


『それでは只今よりチェキ会を行います。参加される方は受付にて参加券の購入をお願いします。ソロチェキは300円、ツーショットチェキは500円となっております』


 そう、推しとのチェキ会だ。

 僕はくままと、純平はれおれおとツーショットチェキを撮るのが本日の最大の目的だ。

 イベント中は楽しそうに観覧していた純平だけど、チェキ会開始のアナウンスとともに緊張し始めたのが伝わってくる。

 それだけソワソワとし落ち着きがない。

 それもそうだ。純平にとっては初めてのチェキ会。推しを目の前にして緊張せずにはいられないだろう。


 僕と純平は参加券を購入するために受付へと並んだ。

 僕たちの前には5人。前回よりは少ない。

 その5人も純平と同じく紫色のアイテムを身につけている。前回同様にれおれおのファンなのだろう。

 一人だけ見覚えのある顔の人もいる。ござるが語尾の人、確か名前は……サムライさんだ。


「サムライさん、今日は何枚撮る予定で?」


 おっ、さすがサムライさんだ。話しかけられている。

 れおれお界隈の間では有名人なんだろうな。

 僕もすぐに覚えちゃったし。それぐらい特徴的でもあるからな。


「今回は金銭的に余裕がないでござる。なので、ツーショットチェキを15枚、ソロチェキを25枚、といったところでござるな」


 さすがすぎるぞサムライさん。さすが大人。余裕がないと言いつつ1万円を余裕で超えてる。

 仕事は何してるんだろう? 遠くから来てるらしいし本当に謎だ。


「な、なぁ……隼兎……なぁ、おいってば!」


 純平の震える声が僕の耳に届いた。

 サムライさんに気を取られすぎて純平を疎かにしてしまっていた。


「あ、ごめん。ぼーっとしてた。何? 大丈夫?」


「大丈夫じゃねーよ。緊張して吐きそうだよ」


 純平がここまで緊張するなんて珍しいな。

 バスケ部の引退試合の時も、高校の入試の時ですらも、燃えてはいたものの心はしっかりと落ち着いてた感じだったのに。

 それだけれおれおのことを推してるって証拠だ。親友としてなんだか嬉しいし微笑ましい。


「ポ、ポーズはリクエストしてもいいんだよな?」


「うん。問題ないと思うよ」


「わ、わかった……」


 少し緊張がほぐれたのか、それとも覚悟を決めたのか、受付へと進む純平の足取りは力強いものに変わっていた。

 受付で参加券を購入したら、くままかれおれおの列へと並ぶことになる。

 と言ってもくままには列ができていない。全員がれおれおに並んでいる。

 れおれお推しの純平も自ずとその列へと並ぶ。

 サムライさんのように大量にチェキを撮るファンもいるが、一度にチェキを撮る枚数は最大で3枚から5枚くらいだ。

 チェキを撮り終えると再び列へ並び直している。

 これは他のファンのことを考えての行動だろう。明確にそのようなルールは存在していないから、暗黙の了解のようなものと捉えるのが正解だろう。


「参加券の購入ありがとうございました」


 参加券を無事購入することができた。

 今の僕は嬉しさを隠しきれずにニヤニヤと変な表情になっているに違いない。

 だってこの参加券があれば天使とツーショットチェキを撮ることができるんだから。


 このままくままのところへ直行してチェキを撮りたい。

 だけどその全てを今は押し殺して、親友の勇姿を見届けたい。何かあったら助けてあげたい。

 余計なお世話かもしれない。僕なんか何もできないかもしれない。サムライさんたちのような上級者のオタクたちが助けてくれるかもしれない。

 それでも僕はここで見守って親友の力になりたいんだ。


「それじゃ私も見守ってあげよー。隼兎くんの親友と私の相方の初のツーショットチェキを」


「く、くまま!!!」


 突然かけられた声。脳がとろけてしまいそうになる甘い声だ。

 その声に僕は驚きを隠せなかった。

 だって心を読まれているのだから。


「ど、どうして僕の考えてることがわかったの!? やっぱり心が読める女神様だったのか! いや、女神すらも凌駕するくまま様だった。心を読むなんて朝飯前ってことか……」


「う〜ん。今は昼飯後、デザートの時間って感じかな。それに心なんて読めないよっ。隼兎くんの表情がわかりやすいだけっ」


 そういや前にもそんなこと言ってたような。

 てか、そんなに僕の表情って何考えてるかわかりやすいのか!?

 くッ。これからは表情筋を鍛えてポーカーフェイスの練習をしなければ。


「おっ、純平くんの番だよ。すごい緊張してるね」


「緊張しすぎてやらかさなきゃいいけど……」


「それフラグ〜?」


「なわけない」


「ふふっ」


 くすくすと笑顔を溢しながらの会話。こんなに楽しいだなんてここは天国か。

 こんな機会を作ってくれた純平とれおれおには感謝しないとだな。


「リクエスト……リクエスト……」


「はじめましてだよね? よろしく」


「リクエスト……リクエスト……」


 あー、純平のやつマジで緊張しすぎてるぞ。

 早くチェキ撮って楽になってほしいが……。


「大丈夫? 緊張しなくていいよ」


 れおれおナイス!

 これで純平の緊張が収まってくれたらいいけど。

 それよりもだ! 塩対応のれおれおから心配する一面を引き出せたのは、ファインプレーだぞ純平。


「優しい眼差しを向けるれおれお殿! 素晴らしい一面でござる!」


 ござるのサムライさんも他のファンのみんなも歓喜してる!

 会場が一体となってる。温かい追い風がきてるぞ!

 この勢いのままチェキを撮るんだ! がんばれ純平!


「だ、大丈夫です。す、すいません」


「いいよ。それでポーズは?」


「そ、そうだ。リクエストしなきゃ……えーっと……」


 よしっ! ちゃんと会話ができるようになってる。

 あと少しだぞ。がんばれ純平!


「お、俺と」


「俺と?」


!!!!」


 純平の声はステージの上に上がっている全員の耳に――いや、ここイベント広場兼休憩広場にいる全員の耳に届くほどに大きかった。

 そしてとてつもない言葉を……け、結婚だって!?

 マジで何言ってるの純平! 緊張しすぎだって!


「ふふっ。早速フラグ回収だ〜」


 楽しそうに笑う天使の横顔。なんて最高なんだ。

 って、そんなこと言ってる場合じゃねー!


「笑ってる場合じゃないよ。純平を助けないと――」


 何ができるかわからない。でも純平を独りにさせないことくらいはできる。


「――待って」


 一歩踏み出した僕に向かって、くままが珍しく真剣な声で言った。

 その声に僕は簡単に足を止めてしまう。

 親友がピンチだというのに……。


「大丈夫だよ。隼兎くん。れおれおに任せてあげて」


「れおれおに?」


 れおれおに一体何ができるっていうんだ。

 れおれおがチェキ会やファンの対応に慣れているとはいえ、この状況においての神対応なんて絶対に無理だ。

 ましてや誰も傷付くことがない神対応なんて不可能に等しい。

 片方が傷付き、片方が助かる。それしか道はない。もちろん傷付くのは純平の方だ。

 だったら一緒に傷付いてあげたい。それが親友ってものだから。


「うん。結婚ね。いいよ」


 れおれおの口からとんでもない言葉が発せられたぞ!

 いいの? 結婚だよ? え? どういうこと?


「え? えぇえ!?」


 大丈夫だよって言ってたくままでさえこの驚きの表情! 顔が真っ赤だよ!

 こんなに真っ赤になるくままは初めて見た。目に焼き付けておこう。

 って、そうじゃない! そうじゃない!

 まさかれおれおは、片方が傷付く道を選んだのではなく、両方が傷付く道を選んだとでもいうのか?

 優しい。優しすぎるくらいだ。でもそれだと今後のアイドル活動に支障が出るぞ。

 やっぱりここは僕が出るべきだった。


「それじゃそのペンライト貸して」


「あ……は、はい!」


「はい。ケーキ入刀」


 ――カシャッ!!


 チェキカメラのシャッターが僕の耳に届いた。

 何が起きたのだろうか。

 あっという間だった。だけど見逃さなかった。

 れおれおが純平のペンライトを使って、純平と一緒にケーキ入刀のポーズをしていたのを。


「はい。結婚のポーズ。ありがとうね」


「は、はい!」


 まさか両方傷付く道でもなく、両方が傷付かない道を――誰も傷付かない神対応を、たった数秒で思い付き、それを実行するなんて……。

 さすがれおれおだ。サムライさんのような熱狂的なファンができるのも頷ける。


「ねっ? 大丈夫だったでしょ?」


「一瞬驚いてたよね?」


「なんのことかな〜? さあ、私たちも撮ろう? ツーショットチェキ!」


「あっ、う、うん!」


 純平もいい思い出になったに違いない。推しとケーキ入刀だなんて最高のチェキだ。うらやましい。

 次は僕の番だ。

 今日もくままと一緒に最高の思い出を、そして最高のツーショットチェキを撮るぞ!

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