017:ペンライトと長すぎる2分
僕のクラスの文化祭の出し物は、小熊さんが言っていた『チェキが撮れるコスプレ喫茶』に決定した。
他のクラスもコスプレ喫茶を希望していたところがあったけど『チェキが撮れる』という一つの要素が大きかったのか、ご当地アイドルのくままこと小熊さんという人物の存在が大きかったのか、話し合いが難航することなく他のクラスが辞退してくれたとのこと。
まあ、そんなことは置いといて今は目の前のことに――目の前のくままのイベントに集中しよう。
そう。今日は日曜日――いつもの地元の小さなショッピングモールで毎週恒例となっているご当地アイドル
もちろん僕はいつもの位置で――イベント広場の隅に設置されている音響機器の横で、くままの登場を待っている。
だが、いつも通りなのはここまで。今日の僕の両手にはペンライトがある。
ペンライトはカラーを変更することが可能なカラーチェンジペンライトだ。
カラーは全部で8色。グリーン、ブルー、ピンク、オレンジ、イエロー、レッド、ホワイト、バイオレット。
僕が使用するカラーは1色――くままのイメージカラーの〝イエロー〟のみ。
ならイエローだけのペンライトを買えばいいのではないか、と誰もが思うだろう。僕も購入の時悩んだ。
だけど8色のカラーチェンジができるペンライトを購入したのにはちゃんとした理由があるんだ。
ご当地アイドル
そうなると自ずとイエローとバイオレットの2色があるペンライトを購入することになる。
そして都合よくイエローとバイオレットの2色だけのペンライトは見つからない。ということで8色のカラーチェンジができるペンライトを購入したのだ。
それにもし新メンバーが加入するってことになったら、残りのカラーのどれかを輝やかせる日がくるかもしれないしね。
ペンライトについてはここまで。他にもいつもとは違う点がある。
それは僕の横――音響機器とは反対の横に親友の
純平は約束通り一緒にイベントを見に来てくれたのである。もちろん純平の手にもペンライトが握られている。
純平の推しはれおれおだ。その証拠にイベントが始まる前からペンライトがれおれおのイメージカラーの紫色に輝いている。
緊張しているのか、興奮しているのか、楽しみで仕方がないのか、いずれにせよ純平のペンライトを握る手は震えていた。
「まだかな? 早くれおれおが見たいぜ」
「あと2分ちょいだね。この2分は30分のイベントよりも長いから覚悟した方がいいよ」
「マジかよ。30分よりも長いとかヤベーな……」
実際にそうだ。この待っている間の2分は本当に長い。
それなのにイベントが始まるとあっという間に終わっていたりする。
本当に瞬きの刹那くらい、あっという間に。
「ところでチェキってどんな感じなんだ?」
「純平もチェキに興味があるの?」
「推しと撮れるんならな。それに文化祭の出し物も『
本当にチェキに興味があるみたいだ。
そりゃそうか。文化祭のことはともかく、このイベントの後にはチェキ会が待っているんだ。
初めて撮るってなると緊張するよな。色々と考えちゃうよな。
まあ、僕は考える余裕がないほど突然だったけど……。
ここは親友として、そしてご当地アイドル
「くままの場合しか知らないけど、ポーズは常識的なものだったらなんでもOKだよ。リクエストしてもいいし、一緒に考えるのもありだね。くままみたいに超絶可愛い決めポーズの〝くままポーズ〟みたいなのがれおれおにもあるんなら、最初はそれで撮ってみるのもいいかもね。僕も最初はくままポーズだったし。それと表情とか半目にならないようには気をつけた方がいいよ。参加券の数しか撮り直しができないからね」
「お、おう……そうか。写真を撮るみたいに何度も撮り直しってわけにはいかないか」
経験者からの親切なアドバイスのつもりが、逆に不安を煽いでしまった気がする。
「まあ、くままはそれも世界で一枚しかないチェキだからすごくいいって言ってくれたから、失敗しても大丈夫だよ。見返した時とかいい思い出になるよ。僕なんて毎日くままとのツーショットチェキを見返して思い出に浸ってるよ。と言ってもまだ1ヶ月くらいしか思い出がないんだけどね」
初めてご当地アイドルIRISのイベントを見た日――くままに〝ときめき〟を感じた日は8月19日。そして今日は9月10日だ。
1ヶ月くらいと言ったけど、まだ1ヶ月は経ってない。時間の流れが遅くて正直驚いている。
小熊さんと一緒にいる時やイベントを見ている時はこんなにも早く感じるのに。
それにまだ2分が経ってない。推しができると時間感覚がズレるなぁ。
それかくままが時間を操っているかだな。天使や女神を凌駕する存在のくままさまだからな。あり得ない話ではない。
今だって僕たちを焦らすために時間を遅くしているに違いない。そうやって楽しんでいる小熊さんの笑顔が頭に浮かんでくるよ。
それにしても長い。長すぎる。
時間を確認しても開始時間にはなってない。だから遅れているってわけではない。
でもあと30秒だ。この30秒を乗り切ったら、あのステージにくままがやってくる。
「――おっ!?」
驚きの声が純平の口から溢れた。
その声の直前、音響機器から音楽が鳴ったのだ。
その音楽に純平は驚いたのでだろう。
この音楽が――
「純平! 純平! 来るよ! 来るよ! 心の準備をして! 推しが! 推しが僕たちの目の前に! あのステージの上に! くままが!」
「わ、わかった! わかったから落ち着け!」
興奮して思わず純平の肩を掴み激しく揺らしてしまった。反省しなければ。
そんなことよりも僕自身が心の準備をしなきゃ。
乱れてしまった心を落ち着かせて、くままに集中をしなければ!
『みなさ〜ん! こんにちわ〜! ご当地アイドル
推しの声がマイクを通して音響機器から流れた。
そして僕の全身に響き心を揺らした。
純平を揺らしてしまった時とは比べものにならないくらい激しく心が揺れた。
「天使だ」
あぁ、何度見てもこの胸の〝ときめき〟が薄れるなんてことはないな。
それどころか輝きを増してるよ。
黄色く光るペンライト以上に僕の心は黄色く輝いているよ。
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