010:夏のイベントを逃した男の末路
始業式――今日から二学期だ。
教室では女子たちが夏休みトークに花を咲かせていた。
僕はそれを教室の片隅で――自分の席でひっそりと聞いていた。
夏祭り、花火大会、海にプール。肝試しやバーベキュー。
夏といえばの行事。聞いているだけでも楽しくなるものばかりだ。
もしもこの夏休みトークに僕が参加するってなったら、くままの話をするだろう。
推しの話というものは、季節問わないからな。
「めっちゃ浴衣似合ってるじゃん。綺麗すぎかよッ!」
「そっちこそ水着似合ってるよ〜。てか胸でかッ!」
写真なんか見せちゃって、思い出に浸ってるな〜。
って、待て! 浴衣と水着、だと……!?
もしかして僕は重大な行事を逃してるのでは?
いや、もしかしたらじゃない。確実に逃してる!
くままの浴衣姿と水着姿を見ていない!
見ていないのに夏が終わってしまった!
ショックで呼吸ができない……。
いやいやいや、待て落ち着け!
くままは着せ替え人形なんかじゃない。
浴衣とか水着とかそういうイベントがないと着ないだろ。
僕はすかさずくままの過去のイベントスケジュールを調べた。
「あぅ……」
ショックのあまり思わず声が溢れてしまった。
あったのだ。夏祭りの企画と海の企画が――浴衣の衣装と水着の衣装の企画が。
それも僕がくままを知る前の夏休み前半に。
それにしても前半にイベント詰め込みすぎだろ!
週4回とかやってる週あるじゃん!
えーっと、メンバーのひとりが帰省するから前半に詰め込んだみたいだな。
帰省って……ご当地アイドルなのに出身地違うのか。不思議だ。
というか
くままが可愛すぎるせいだ。無理もない。
写真でしか見たことないけど、イメージカラーが紫でクール系の女の子。八重歯が特徴的だな。
名前は……れおれお、か。
くままと系統は違うけど、負けず劣らずの美少女だな。
彼女が帰省するから、この前半の詰め込みか。
れおれおのこともちょっと気になるけど、僕はくまま一筋だ。ごめん、れおれお。
てか、浴衣チェキとか水着チェキとか普通にやってたっぽいじゃん!
くっそ! めっちゃ撮りたかった!
来年まで待つか……。いや、待てない。我慢できない。
画像だけでも検索して拝まなければ!
『ご当地アイドル IRIS くまま 浴衣』
検索ワードを絞れば普通にヒットするぞ!
ご当地アイドルの公式アカウントはもちろんのこと、個人アカウント、そしてご当地アイドル
主にファンの人のアカウントが多めだけど……いや、むしろありがたいぞ。こんなに投稿してくれて。
それにしても浴衣似合いすぎだろ!
浴衣もイメージカラーの黄色か。めちゃくちゃ可愛い。
花柄……あやめの花かな? ここでも地元アピールしているだなんて、さすがご当地アイドルだ!
これぞ浴衣美女!
くままに
夏祭りにだけ降臨する妖精かよ! いや、天使! いや、女神! いや、くまま様だ!
――とりあえず保存しとこ。
片っ端らから躊躇することなく保存だ。
そんで次は水着だな。
『ご当地アイドル IRIS くまま 水着』
おおー! 水着もいっぱい出てくるぞ!
想像以上に水着だ。肌面積が多い!
そして水着もイメージカラーの黄色! 意識高い!
肌もシミなんて一切ない真っ白な肌だ。
白すぎて眩しい! LED照明以上に眩しい!
それに写真でもわかるくらい滑らかだ。フィギュアスケーターも転倒するレベルだぞ、これは。
水着だからこそ露わになった胸も、足も、腕も、肩も、お腹も、おへそも、くっ、朝から刺激が強すぎる。
魔女なのか? 魅了の魔女なのか?
海に降臨する妖精かよ! いや、天使! いや、女神! いや、くまま様だ!
――これもとりあえず保存しとかなきゃ。
「昨日ぶりだね、
「推しの輝いてる姿――神々しい姿を見てる」
「水着姿か〜。そういえば隼兎くんは水着のイベントに来てなかったもんね」
「うん。そうなんだよ。その時はまださ、くままのこと知らな……へ?」
無意識に会話をしていた。
それも女子と。
いや、問題はそこじゃない。
この声――思考を鈍らせるほどにとろとろで甘い声、それでいて全てを包み込んでくれる聖女のような優しい声。
この声の持ち主は僕の知る限り一人しかいない。
そして僕の鼻腔を刺激するこのミルク石鹸の香り……。
間違いない――
「く、くまま!?」
「ちょ、いきなり大きい声出してどうしたの?
くままだ。くままが何で? 何で僕のクラスに!?
僕は学校を間違えてしまったのか?
それともくままが学校を間違えたのか?
もしかしてここは天国?
いつの間に僕は死んでしまって……
いや、違う違う違う違う! 違うだろ! 何を考えてるんだ僕は。
くままは……ご当地アイドル
クラスメイトの
知っていた。知っていたはずなのに……なぜ今の今まで忘れてたんだ?
というかいつから忘れていたんだ?
くままを
それこそ神的な存在に。だから近しいはずの存在のくままこと小熊さんを忘れてしまっていたのだろうか。
僕は突然のくままに驚き、時間が止まったかのような感覚に陥った。
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