黄金郷
「こここここここここ」
「えっ大丈夫!?」
まずい、鈴宮さんがおかしくなった。
そんな変な事言ったか?
……いやいや、“そういう”意味じゃないってのは分かるはずだ。
会って数日しか経ってないんだし……。
「……」
「ご、ごめん。変な意味じゃなくて、ただ軽く一緒に何か食べないかなって」
「……私を、食べる?」
「……」
駄目だ、分からないけどそういう意味だと思ってる。
心なしか目がぐるぐるしてる気がするし。
勝手に脳内で変な翻訳してるみたいだ。
「うん。深呼吸しようか」
「!」
落ち着くにはそれに限る。
そう催すと、彼女は分かりやすく夜の空気を吸い込んだ。
……ちょっと吸い込みすぎじゃない?
「ゴホッ……ごめんなさい」
「ごめんね紛らわしい言い方して」
「いっいえ。私が悪いんです! 行きましょう!」
「あ、行きたい所あるの?」
「……」
固まっちゃった。
変わってるけど、やっぱりこの子は面白いな。
「付いてきてくれる? 鈴宮さん」
☆
学校の最寄り駅の近くは、都会とは言えないまでも色々揃っている。
ボーリングにバッティングセンターとか、少し歩いたらショッピングモールもある。
あの時のカラオケも。
だからこそ、学校帰りに遊んでいく生徒が多いんだ。
流石にこの時間になるとほぼ見ないけど。
代わりにサラリーマンが沢山いる。
「ど、どこ行くんですか?」
「……内緒にしとこうかな」
「えっ!?」
「はは、変な所には行かないから」
「わ、分かりました」
「勉強してたし、甘いもの食べたい気分かなって思ってさ。どう?」
「! は、はい!」
彼女と並んで歩く。
駅を通り抜けて、向こう側のビル街へ。
徒歩五分程度歩けば付く目的地。
結構入り組んでいて迷いやすいから注意だ。
一人で何度か来たら慣れたけど。
「そこ、階段ちょっと急だから気を付けてね」
「ほっほい……」
その中のビルに入って、階段を登る。
緊張しているのか——少し表情が硬いように見える彼女。
「あんまりココ辺りは来ないの?」
「は、初めて……です」
「そっか。こっちまで来るとうちの生徒あんまり居ないもんね」
「はい……周り、大人の方ばかり……」
「良い所だよ。静かな場所が多いんだ——あ、着いた」
少し重い、木製のドアを開ける。
カランカランと鳴る鈴の音。
広がるのは——レトロチックな木造の机と椅子。
甘い香りと、落ち着くジャズのBGM。
『エルドラド』。この喫茶店の名前だ。
「いらっしゃいませ」
「電話で席取ってた朝日です」
「朝日様ですね、こちらへどうぞ」
「はい」
「は、はいぃ……」
中には、丁度二人用の小さいテーブル席が一つ空いていただけだった。
他は全てお客さんが居る。
前来た時はそこまでだったのに……良い店ってやっぱり情報が広まっていくんだな。
危ない。喫茶店といえど、一応電話で席取っといて良かった。
次も真由達と行く時は電話で確認——って何考えてんだ。
もう俺はあのグループじゃない。
染み付いた思考回路は、こんな時にまで——
「だ、大丈夫ですか?」
「あ。あぁごめん。平気平気」
今は彼女と二人だ、考えたくない事まで考えるな。
せっかくココに来たんだから。
「ちゅ、注文どうしましょう……」
「そうだね、鈴宮さんは飲み物だけ選んでくれたら良いよ」
「……の、のみもののみもの……」
「ミルクティーが飲めるならそれがオススメかな」
「の、のめます、むしろすきです」
「はは。分かった——すいませんー注文お願いします」
「——お伺いします」
店員さんがシュバッと現れる。
音もなく来るから最初はビックリしたな。
「これ二つ、飲み物はこれ……デカフェのミルクティー二つでお願いします」
「承知しました」
メニュー表を指差し。
伝えると、キッチンに入っていく店員さん。
「で、でかふぇ……?」
「カフェインが無いって意味だよ。さっきはお茶飲んでたし、夜も遅いからね」
フニャフニャした顔の彼女にそう答える。
なんか溶けそう。
ちなみにさっきからずっとこんな感じだ鈴宮さんは。見てて面白いけど。
「なっなるほど!」
「うん」
《——「……要らない。今は摂取を控えているからな」——》
喫茶店に初めて行った時だったか、泰斗は紅茶を拒んだ。
それが嫌いなわけじゃなく、身体に悪い(泰斗いわく)カフェインを取るのが嫌だったらしい。
かといって皆飲んでいる中で一人だけ——というか、羨ましそうに彼が見てたのが可哀想だったから、デカフェの紅茶を取り扱っている喫茶店を探した。
その中の一つがこの店というわけだ。
まさかそれで、“大当たり”を引く事になるとは思わなかったんだけど。
「お茶が好きなんだね、鈴宮さんは。喫茶店とか行くの?」
「じ、人生初です……」
「えっ——あ、ああごめん。そうだったんだ」
「……ごめんなさい……」
「いやいや、なんで謝るの?」
「こんなお洒落なところ、私似合わないですよね……浮いてますよね……」
今度は急に自信喪失してる。
心なしか、彼女が小さく見えてくるな。
「そうかもね」
「 」
し、死んでない? 大丈夫か?
やっぱり鈴宮さんって冗談通じないな!
「でも俺だって浮いてるから」
「えっ」
「ここのお客さん、仕事終わりの人達ばかりだからね」
「……確かにそうです」
「あと、周りなんてすぐに気にならなくなるよ。きっと」
最初入る時は緊張した。
でも、それを口に入れたら——
「——お待たせしました」
「ありがとうございます」
「! ど、どうも……」
「ごゆっくり」
店員さんがお盆にのせて持ってきてくれた。
レトロなティーカップに注がれた紅茶。
そして、今回のメイン。
綺麗なガラス皿に盛られたそれ。
美しいカスタード色に、空腹を誘うカラメルと生クリームがのっている。
「プリン!」
「はは、ごめんねずっと隠してて。好きなものって聞いちゃったから」
「あっあっ。ありがとうございます。き、喫茶店のプリンなんて……初めてです」
目を輝かせる鈴宮さん。
来ただけでこんな喜ばれるとは。
「まぁ食べてみてよ」
「は、はい……」
彼女は恐る恐るスプーンで掬って。
プルプルと震えるそれを大事そうに口へ持っていく。
「!!」
目を見開く鈴宮さん。
それを飲み込むまでに、大体10秒ぐらい。
「…………」
そして固まる彼女。
『ほっぺが落ちる』なんて言葉は、
子供の時から、なんだよそれなんて笑い飛ばしていた。
でも初めてここのプリンを食べた時、その言葉が正しいと思った。
ああ、アレはこういう事だったんだな――なんて。
「ほっぺ、落ちちゃいそう……」
「分かる分かる」
初めにスプーンですくった時、そのかたさと弾力に驚く。
それでこれ大丈夫なやつか? なんて思って口に入れた瞬間。
ほどけた様に、コクの深いカスタードが舌の上で踊る。
カラメルソースによる少しの苦味がアクセントになって、カスタードの卵感とクリームの甘さを引き立てる。
俺も最初食べた時は、数秒固まった。
美咲もしばらく放心してたっけな。
「こんな美味しいプリン、存在していたんですね……」
「はは、気に入ってもらえて嬉しいよ」
「ミルクティーも凄いです」
「相性が良いらしいよ、お互いが美味しくさせるんだって。店員さんが言ってた」
「……なるほど……」
そう言いながら、スプーンを動かす彼女。
もう既に、周りの目なんて気にしていない。
目線はずっと、お皿の上だ。
「じゃ。俺もいただきます」
スプーンを手にして。
今口にいれたプリンは、きっと前よりも美味しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます