かっぱの宅配

アマノヤワラ

👀「皿」「剣」「サイン」

「……はい、こちらお荷物ですね〜『サイン』をお願いしま〜す!」


マンションのドアを開けた私に向かって、朗らかな笑顔で元気よく言う配達員のお兄さん。

最近は「仕事さえきっちりやれば笑顔なんてどうだっていいでしょ?」と言わんばかりの配達員さんも多いなかで、この人の笑顔はとても好感が持てる。


……持てるのだが。


私は思わず、その配達員さんの指先をじっ…と見つめる。正確には、配達員さんの『水かき』がついた指の間を。


普通、宅配便の配達員さんの指には『水かき』なんてないし、『黄色きいろいクチバシ』もない。

ついでに言えば、肌だって『緑色みどりいろ』じゃない。


……やっぱり、どう見たって『河童カッパ』だ、この配達員さん。





私は好奇心を抑えきれず、思わず口走った。


「……ああ、えっと別にプライベートなことだし、応えたくないならそれでも構わないんだけど……」


声に出して言ってしまったあとで、私は後悔した。

なんて言って訊ねればいいんだコレ?

“……あなたカッパですよね?”、とか?


ムリ。

なんとなく、失礼な感じがする。

それに、昨今コンプライアンスとか色々あるから、初対面の方に立ち入ったことを色々聞くこと自体がダメな気がする。


……しまった。やっちゃった私。


しかし、笑顔の素敵な配達員さんは、素敵な笑顔のままで私の気持ちを察してくれたようだ。


「たはは。バレちゃいました? ……まあバレますよねそりゃ。お察しの通り、わたくしカッパでございます!」


素敵な笑顔の瞳の奥にほんの一握りの憂いを秘めた顔で、それでも私に気を遣わせないように精一杯の優しさでおどけて見せてくれた配達員さん。


……やだ、この人『いい人』じゃん!

いい人を傷付けたかも。私……。


自己嫌悪に陥る私。

そんな私に対して、配達員さんはあくまで優しげに話しかける。


「まあ、こんなのがある時点で普通はバレますよね──」


そう言いながら、自らの『水かき』のついた手の裏表を私に見せる配達員さん。

相変わらず素敵な笑顔のまま。


「……やだ、私。……ごめんなさい!」


配達員さんの笑顔に耐えられず、私は頭を下げた。

ほんと最低じゃん私!

自分の好奇心を満たすために、こんなにいい人を傷つけてしまうだなんて!


でも、配達員さんは、頭を下げる私の肩に手を置きながら、相変わらずの優しい声で私に語りかける。


「気にしてませんよ。……もう、慣れましたから」


その言葉が嘘であることを私はなんとなく悟った。『いい人の嘘』はバレやすいものなのだ。

おそらく、配達員さんも自分の嘘がバレていることを悟っているだろう。


それでも、配達員さんは言葉を続けた。

静かに。私だけではなく、まるで自分自身にも言い聞かせるように。


「……他者と自分との『見た目の違い』を受け入れるのが、むずかしいことはよ〜く分かります。から──」


配達員さんは、相変わらず優しい目をしている。

何度も苦しみに耐えてきた人だけが持つ強い目だ。


さらに、配達員さんは言葉を続ける。


「……自分とは違う見た目を持つ人たちの中で、自分に対して奇異の目を向けてくる人たちもいる。時には謂れのない差別や偏見にさらされることも。……でも、だからといって、。僕はそう思うんです」


配達員さんの言葉には『実感』がこもっていた。

カッパが人間社会の中で生きていくことは想像以上に大変なのだろう。

それは、人間の私には想像もできない。

私一人に向けて静かに語りかける配達員さんの言葉を聞きながら、私はなにも言えなくなる。


そんな私を見て、配達員さんは優しげな笑顔をさらに大きくした。はちきれんばかりの笑顔だった。


そして、笑顔のままで配達員さんは“事務的なこと”を口にする。

この人は、今『お仕事しごと中』なのだから。


「……では、改めまして! サインをお願いします。お届け物は『磁光真空剣じこうしんくうけん 復刻版』で宜しかったですか?」


伝票の備考欄に書かれた内容を読みながら、配達員さんが私に確認する。

私よりも年若そうに見える配達員さんは、“……磁光真空剣ってなんだろう?”という顔で私を見た。


「ええ、それで間違いありません。息子への誕生日プレゼントなんです」


私はとっさに嘘をついた。

『磁光真空剣 復刻版』は自分へのご褒美である。私は昔の特撮マニアだ。


人間社会の中で生きるカッパの誠実さと比べて、人間の私のなんと醜いことか。





「では、お荷物ここ置いときますね〜! またのご利用お待ちしてま〜す!」


私がサインした伝票の控えと引き換えに、大きな荷物を慎重に床の上に下ろした配達員さんは、私にむかってにこやかに一礼したあと、さっと踵を返してマンションのドアから出ていった。


最後の最後まで、素敵な笑顔だった。



少しだけドアを開けて、去っていく配達員さんの背中を見送りながら私は思った。


……背中に『甲羅こうら』しょってない。


それに、宅配会社の帽子を被っていたので分かりにくかったが、ちゃんと耳元で切りそろえられた髪型からして、頭のてっぺんに『おさら』があるようにも思えない。


……本当に『河童カッパ』なのかしら?あの人──


配達員さんは、手慣れた動きで宅配会社のトラックに乗り込みエンジンをかける。

そして、配達員さんを乗せたトラックはあっという間もなく走り去っていった。


……運転免許も持っている。『河童カッパ』なのに?


疑問に思う私だったが、すぐにそんなことは“どうだっていい”ということに気付く。



本当にカッパであるかどうかよりも、見ず知らずの他人にも『優しい笑顔が向けられる人であるかどうか』。



そのことの方が、私にはとても大切なことに思えたから。








 『かっぱの宅配』……了


※【三題噺 #37】 「皿」「剣」「サイン」

https://kakuyomu.jp/user_events/16817330665852366826

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る