第6話 協力者

 無事に家に帰れたのは良かったのだが、その日以降、奈落に入るたびハイエルフたちに追われ、ほぼ毎日リーアの世話になっていた。


「毎度奈落に潜るたび追われるのは大変だね」


「そうだな」


 俺はハイエルフたちに追われてから奈落にある魔素を吸収をほとんどできていない。

 そのため俺はリーアに協力を求めることにした。


「リーア。知り合いの強い冒険者はいないか?」


「いるけど厄介なやつばかりだよ。護衛として雇うのかい?」


「そうしたいんだがあいにく雇う金がなくてな」


「なら聞いても意味がないじゃないか」


「あんたが雇ってくれ。損はさせない」


「は?なに言ってんだい」


 それは正常な反応だろう。

 出会って一週間ほどの男のために大金をはたいて冒険者を雇ってくれと言われたのだから。

 俺の名前、シンヴォレオを出せばリーアは手伝ってくれる自信はある。

 だが今の俺の力では信じてくれないかもしれない。

 むしろ不敬だと殺そうとしてくる可能性もある。


「契約しよう。リーアが俺のために冒険者を雇ってくれたなら、俺は絶対にお前に損はさせない」


「契約ねぇ……。口約束じゃあどうにでもできるからしっかりとした紙でやるわよ」


「ああ。それで構わない」


 俺はあいつに契約について詳しく教えていた。

 だからこのエルフも契約の正しい手段を知っていると思い、この提案をした。


「契約内容を見て問題がないならこの用紙にあんたの血を垂らしな」


「わかった」


 指先を切り、その様子に血を垂らす。

 そして俺に続くようにリーアも血を垂らした。

 すると紙が突然光だし、やがてそれは収まった。


「契約はこれで完了ね。それでシンはどんな人材が欲しいの?」


「俺のことを確実に守れる人材。人数はできれば3人以内に抑えてほしい」


「数じゃなくて個の力ね。明日来たときに会えるようにしておくよ」


「そうか。ありがとう」


 リーアに感謝を伝え、俺は自宅へ帰った。


 ★


 翌々日、俺は奈落に向かうのではなく、リーアが雇った冒険者に会うために娼館に訪れていた。


「シン。こいつらが私の雇った奴らさ」


 そう言って紹介されたのは肌が褐色で布面積が普通の女に比べて圧倒的に少ない女。

 それは神話の時代にその部族の名を各地に轟かせた女性のみの少数民族。

 アマゾネスと呼ばれる者たちだ。


(まさかまだ生き残っていたとは……)


 女だけで構成される部族のアマゾネスは男がいないため、他の場所から男を連れてこなければ子どもができない。

 過去に何度かアマゾネスの戦闘を見たことがあったが、そのような理由で淘汰されるのは惜しい存在だと考えていた。

 そんな存在がまさか種の競争で負けることなく残っていたことに驚いた。


「どうしたんだ。アマゾネスは初めて見たのかい?」


「いや、まさか護衛としてアマゾネスを雇えるとは。思ってもいない誤算だ」


「そうかい。では紹介を。右からフィリア、フィリス、フィリル。三姉妹だよ」


「よろしく頼む」


「リーアに聞いていたよりもいい男じゃないか」


「かわいくもあるね」


「いい男だねぇ」


 3人は俺のことを舐め回すように見ながら各々の感想を言う。


「ちなみに3人ともランクはAだよ。だからシンが入ってきたのと別の場所も入れるはずね」


「それはいい。3人は依頼内容は聞いているか」


「護衛とは聞いてるけど、詳しくことはまだだね」


「ではここで内容を伝えておく。依頼は奈落で俺のことを狙ってくる者からの護衛。今までは3人だったがこちらが人数を増やしたので相手も増やすかもしれない。それと敵よりも自分の命を大事にすること。危険と感じれば俺のことは見捨ててくれてもいい」


「護衛対象を見捨ててもいいって変な依頼じゃない?」


 フィリアが俺の依頼内容に疑問を唱える。


「確かにおかしな依頼内容だ。ただ俺が言いたいのは俺のために死ぬ必要はないということだ」


「つまり私たちは君が奈落で何かをしている間、敵から君を守ればいい。それで危ない時は自己判断で逃げていいってこと?」


 フィリスが俺の依頼内容を簡潔にまとめてくれた。


「その認識で間違っていない」


「随分割の良い仕事だね。その仕事受けるよ。2人もいい?」


「いいよ」


 フィリアが2人に確認を取るが、返事をしたとはフィリスだけ。

 フィリルは今も俺の全身を舐め回すように見ていた。


「フィリル。いいの?!」


「ん?ああ。いいんじゃない」


「話聞いてたの?」


「ある程度は」


「ある程度って!あんたね!──」


 どうやら長女のフィリアは責任感があり、次女のフィリスはフィリアの手助けをし、三女のフィリルはお気楽なようだ。

 フィリアがフィリルに説教をしている間にフィリスが話を進めた。


「その依頼の開始はいつなの。今日から?」


「今日からが一番だが、そっちの準備がまだなら明日からでもいいが……」


「私達は準備は出来てるはずだから今日からで大丈夫なはずよ。そうだよね」


「私は大丈夫」


「無理。まだ武器ができてない」


「っ!なんで終わってないのよ。今日までにやれって言ったじゃない」


「無理なものは無理。姉さん達は武器を鍛冶屋に出せばいいけど私は自分でしないといけないんだから大変なの」


「私もそれはわかってるから早くやるように言ったよね。けどあんたは昼寝してたじゃない」


「あれは眠かったから。本能には抗えない」


「っ!!──」


 またフィリルがフィリアに説教され始めた。


「ごめん。そういうことみたいだから依頼は明日からでもいい?」


「問題ない。では翌朝ここで会おう」


「わかった」


 話が終わった俺は今日は奈落に行かず家に帰った。

 そしてたまたまルシャリアから初めての依頼が出された。


 ★


「今回頼みたいのは荷物の護衛。南門に届いている荷物をここに持ってきてほしい」


「それは俺1人で運べる量なのか?」


「大丈夫。魔法具に入ってるはずだからそれを持ってきてもらえればいいよ」


「わかった」


「じゃあこれ受取書。これを南門の門番に渡せば荷物と交換してくれる」


 ルシャリアから1枚の紙と商会の紋章を受け取り、俺は南門に向かった。


 ─────


「アシュリード商会の荷物を受け取りに来た」


「では受取書と商会の紋章を出してください」


 門番に言われた通り受取書と商会の紋章を見せる。

 受取書に書かれたルシャリアの筆跡と商会の紋章が偽造品ではないかの確認をされ、照合で引っかかることなく荷物を無事に受け取れた。


「アシュリード商会の関係者ですよね?」


「ああ。もちろんな」


「お気をつけて下さい」


 なぜか門番にそう一声かけられ、俺はそのまま家に帰ることした。


 そしてすぐに門番が言っていたことの理由がわかった。

 アシュリード商会の荷物を受け取りリュートベルズ内に入った途端、攻撃を受けた。


「普通の奴なら大怪我だな」


 門を出た瞬間にされた攻撃。

 リュートベルズに足を踏み入れた途端に放たれた攻撃はルシャリアなどの普通の者ならこれだけで大怪我を負っている。

 ただ俺は攻撃を察知した瞬間、障壁を張ったためかすり傷すらない。


「意外とアシュリード商会は闇が深いのか?」


 俺はそんな事を考えていた。


 ─────


 ルシャリアはシンヴォレオに話していなかったが、アシュリード商会は大陸全土に影響力を持つとされる世界三大商会の1つだ。

 そのため普通の場所ならばアシュリード商会に今のような攻撃をするような輩はいない。

 ただこの街リュートベルズにおいては世界三大商会の名も通用しない。


 この街は唯一世界三大商会の手が届いていない街とされており、この街にはある1つの商会が牛耳っている。

 その名はナングリウス商会。

 商会長が裏社会の人間であり、人身売買から臓器売買など普通の商会ではできないことを平然とやっており、自分の気に食わないことは力で押しつぶす者だ。

 普通ならばこんなことをしている商会は国の力で潰されるのだが活動している場所の問題で国も手を出しにくい。

 活動拠点が冒険者の街リュートベルズであり、今その商会がなくなればリュートベルズからの物資の流通がなくなる。

 それは魔物の素材の流通が減るということであり、国家の損失となる。

 そのため国はナングリウス商会に目をつぶっているのだ。


 そして現在、アシュリード商会がこの街にやってきてその特権を奪おうとしている。

 ナングリウス商会はそれを何としてでも阻止する必要がある。

 そのためシンヴォレオはアシュリード商会の荷物を受け取ったというだけで攻撃を受けているのだ。


 ───────


「こいつら数もいるし、厄介だな」


 俺のことを追いかけてくる奴らはエルフの者たちのような少数精鋭ではなく、人海戦術で追跡している。

 振り切ったと思えば別のものに見つかりその者が仲間を呼び、また逃げなければならないといけなくなくなる。

 面倒さで言えばエルフの数倍は面倒だ。


「ここだ!ここにいるぞ!!」


「蛆虫みたいにどこにでもいるな。一度痛い目を見ないとずっと来そうだ」


 俺は逃げ続けるのではなく反撃をすることにした。


「いたっ……ぐぶぁ!!」


 俺の場所を仲間に知らせようとした男の顔面に膝蹴りを入れる。

 膝蹴りされた男は歯が折れ、鼻と口から血を吹いて倒れた。

 その男を放置してその場を去った。

 そしてしばらくすると仲間がその男を見つけたのか何か叫んでいるのが聞こえてきた。


 俺が攻撃を開始すると難なく追跡から逃れることができ、家に無事に帰ることができた。


 ★


「お前ら、相手一人だろ。とっとと捕まえてこい!」


「ボス。ですが相手は相当手練れなようで……」


「手練れだぁ?相手はこの街に来たばかりのC級だろう。そんなやつ一人を捕まえられないほどうちは弱くねぇんだよ」


 ボスと呼ばれた男は報告に来た男を殴り飛ばす。

 C級一人に苦戦している組員に苛立っているのだ。


「いいかぁ?絶対に捕まえろ?家を島をそいつは荒らしてんだぁ。指の一本くらい取らねぇと腹の虫がおさまんねぇよ」


 倒れた男の腹を蹴りながら文句を言ってきたボスのもとにある報告が来た。


「敵を見失ったようです。追跡組の誰も見つけられていません」


「なんだと?!」


「敵は我々に攻撃を開始し、怪我を負った組員は二十を超え、その中でも瀕死の重体が4四名います」


「その報告に間違いはねぇんだろうな」


「はい」


「……相手は思ってたより手強いみたいだな。町中でそいつを見つけたらすぐに報告しろ。数じゃなくて質で殺してやる」


 こうして俺の知らないところでナングリウス商会に恨まれることになった。


 ★


「お帰り。大丈夫だった?」


「襲われたが大した事ない奴らだったから大丈夫だ。それでそんな狙われるこの荷物はなんなんだ?」


「荷物は別に特別なものじゃないよ。それより襲ってきたやつのどこかにこんなエンブレムがなかった?」


 そう言ってルシャリアが見せてきたのは狼を正面から描いたようなエンブレムだ。

 襲ってきた奴らのことを思い出してみると右肩に似たエンブレムがあったことを思い出した。


「確か右肩に似たようなやつはあったな。ただじっと見た訳じゃないから勘違いかもしれないが」


「それは勘違いじゃないはずだよ。このエンブレムはこの街を牛耳っているナングリウス商会のものなんだ」


「この街を独占できるのは凄いな。他の商会が黙ってないだろうに」


「その通りだね。でもどうすることもできないんだよ。昔からこの街に介入しようとする商会があったんだけど、その人達が全員死んでるんだ。そんな事があったから今じゃどこもここに介入しようとしなくなったんだ」


「つまり俺のことを追ってきた奴らはその紹介の奴らか。それはわかったが何故今になってアシュリード商会はこの街に介入しようとしているんだ?」


「シンは世界三大商会って知ってる?」


「知らないな」


「簡単に言うと大陸全土に勢力を持つ3つの商会のこと。アシュリード商会、ベガリア商会、ヨルジーナ商会のことを指す言葉だね」


「アシュリード商会も入ってるのか」


「他の2つに比べればまだ新参者だけど、結構人気の商会なんだよ」


「では新参者だからこの街に商会を建て、地位を確実なものにしたいのか?」


「そういうわけじゃない。理由はナングリウス商会が最近リュートベルズ産のものを異常な値段で売り出したからだ。それがこのまま続けば不利益が出る。それを阻止するためだ」


 リュートベルズ産の魔物の素材、鉱石は良い武器、良い道具を作るためによく使われる。

 その流通が滞ると他の商会や国に不利益が出るだろう。


「他にも理由はあるんだろう?」


 不利益が出るからと殺される可能性がある場所にアシュリード商会長が娘のルシャリアを送るはずがない。

 他にも理由があるはずだ。


「……確かに本当の理由は別にあるよ。でも口止めされているんだ」


 自分の最も信用できる我が子をこの地に送ったということは決して失敗できない重要な案件のはず。


 この街を牛耳る商会が突然商品を高額にした。

 そしてその商会は別の商会の者を殺すほどの荒くれ者がまとめる商会。


 急に金を集めるということは戦争を始めようとしている国が税収を上げることに似ている。


 おそらくナングリウス商会はこの街を国から独立させるための独立戦争をしようとしているのだろう。


 この街には小さな国といっても良いほどいろいろなものが揃っている。

 仮に独立したとしても不自由することはないはずだ。


 対する国側としては税収が美味いリュートベルズを失うとなると国力が大きく損なわれるはず。

 そこで国は世界三大商会にリュートベルズに商会を建てるように命令したのだろう。


 商会は国から認められていないとその国で商売ができない。

 それを盾にされれば三大商会も動くしかなかったのだろう。


「そうか。では理由は聞かないでおこう」


「ありがとうね」


 理由を聞けば面倒なことになることはわかっているので理由は聞かないでおくことにした。

 ただ世話になっているので助けを求められれば助けるつもりだ。

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