二章 リュートベルズ編

第5話 冒険者の街

 リュートベルズ。

 そこは不気味な形の山に囲まれ、無数の奈落の上にある街。

 そんな場所に街ができた経緯は周囲の住民がその奈落から出てくる魔物からの被害を受けるようになり、出てくる魔物を討伐するために村が出来上がったのが始まりだ。

 そこの住民が討伐した魔物から取れるものを生業にし始め、その稼ぎを聞き、各地からいろいろな人が集まる。

 そして今では冒険者の街と呼ばれるようになった。

 ここの住民の8割が冒険者と言われ、一般人からすればそこら中に戦闘のプロたちがいる危険な街でもある。

 そのため一般人はこの街にはほとんどいない。


 俺はこの街、いや地形に見覚えがある。

 まさか魔王の1人と戦闘を繰り広げた場所がこのような街になっているとは考えてもいなかった。

 予想外の出来事に思わず笑った。


 ★


 リュートベルズについた俺はルシャリアの馬車から荷降ろしの手伝いをしていた。


「シン。ルルちゃんと今晩どこに泊まるか決めてるの?」


「いや、今から探そうと思っているところだ」


「じゃあここに泊まらない?」


「ここは商会なのだろう。迷惑じゃないのか?」


「大丈夫だよ。売り場は2階まででそれより上は従業員の部屋だからね。最上階の部屋も何部屋から空いてるからそこを使っていいよ」


「すまない。世話になってばかりだ」


「全然いいよ。後これが終わったら話があるんだけど大丈夫?」


「ああ」


 荷降ろしを終えた俺はルシャリアに言われた通りルルを連れて商会の最上階に来た。


「それで話というのは何なんだ?」


「シンは、いや2人はどのくらいこの街について知っているの?」


「俺は冒険者の街と」


「私も同じです」


 ルシャリアはそれを聞いて困った様子だ。


「思ってたよりも認識が甘いね。この街は確かに冒険者の街として知られている。そして危険地帯としても有名なんだ」


「それは冒険者が集まっているからか?それとも魔物が強いからか?」


「両方だけど前者のほうがその理由として挙げられる。この街は冒険者はおおよそ住民の8割。さらに一番弱いランクの冒険者でもCランクはある。だから一般人からすれば街中に魔物がいるようなものなんだよ」


「確かにそうだな」


 力がないものが力あるものに怯える。

 それは生存本能としても当然のものだ。


「私が言いたいことはそんな街にルルちゃんを、子供を1人にしたら危ないということだ」


 ここで俺は冒険者として活動する必要がある。

 そのために必然的にルルを1人にする機会が増える。

 そして完全に力が戻っていない今では遠隔でルルを守るには不安が残る。


「そこでシン提案したいのが私専属の冒険者にならないか、ということだよ」


「専属?そんなシステムは聞いていないな」


「専属といっても私からの依頼を優先的にするようにしてほしいってことだよ。その対価としてルルは私が護ってあげる。もちろん報酬も出すよ」


 確かにそうしてくれるならありがたい。

 だがそれは俺1人で決めることではない。

 契約者のルルの意見と聞く必要がある。


「ルルはどうなんだ?」


「……私がシンの足手まといにならないようにそうするべきだと思う。お金もいるし…」


「わかった。ルシャリアの専属になろう」


「ありがとうね」


「契約書はあるか?」


「契約書はちょっと待って。今から書くよ」


 ルシャリアはそう言って慣れた手つきで契約内容を書いていく。


 1、シンはルシャリアの依頼を優先的にこなす。

 2、ルシャリアはルルの安全を確保する。


 その後も色々と書いていき、書き終わった契約書に俺は目を通す。

 何も怪しい場所がなかったので俺はサインする。


「契約成立だ」


「だね」


 こうして俺とルシャリアは契約を結んだ。


 ★


 ルルの安全が保証された俺はすぐにリュートベルズにある冒険者ギルドに向かった。


 リュートベルズにある冒険者ギルドは各地にあるギルドの中で一番大きなをもつ。

 それは世界中から冒険者が集まってくるためだ。

 施設も他の場所よりも整っており、地下には冒険者が模擬戦を行う場所、魔物を捕獲しておく場所がある。

 1階には魔物を解体する部署、金銭の管理をする部署、そしてドワーフや鍛冶師を雇うことで武器防具の製作、メンテナンスを行ってくれる鍛冶屋があり、2階には食事処、雑貨屋、3階には泊まれる場所が用意されている。

 そして建物も豪華な作りをしており、魔物のあふれる地になるため、耐久性も非常に高いものになっている。


 この街は他の冒険者ギルドとはシステムが異なる。

 基本冒険者はギルド内にある掲示板から依頼を取り、それを受付に渡して依頼を受ける。

 そしてその依頼を達成したら受付で報酬を受け取る。

 だがここは特別で、まずはギルドで自分のランクにあった奈落に入る許可書を購入する。

 その許可書を奈落の警備に見せて奈落で好きなように魔物を狩り、それらを受付に渡して報酬をもらうというシステムだ。

 そしてここにある奈落は最低でもCランク。

 それこそがリュートベルズは最低でもCランクは必要とされる所以だ。




「許可書を買いに来た」


「許可書ですね。では冒険者証を出してください」


 俺は受付に冒険者商会を渡す。


「確かに受け取りました」


 そう言って受付は冒険者証とともに消えていった。

 数分後、受付は許可書とともに現れた。


「これが許可書です。再発行には代金がかかりますので無くさないように」


 この許可書も冒険者証と同じように名前が書かれている。

 これは冒険者同士の許可書の売買をできないようにしているのだろう。


「シンさんはここに初めてきたのですか?」


「はい」


「では奈落について教えておきます」


 そう言って受付は紙を出し、丁寧に説明をしてくれた。


 1つ、奈落は下に行けば行くほど魔物が強くなること。

 1つ、見たことのない魔物に遭遇した場合はすぐにギルドに伝えること。

 1つ、奈落内での冒険者のトラブルにはギルドは加入しない。その者同士で解決すること。


 他にも説明はあったが重要なのはこの3つのようだ。

 受付で許可書を貰った俺は早速奈落に潜ることにした。




 奈落は危険度に合わせてランクをつけられており、それぞれの場所に許可書を確認するための門番がいる。

 そして門番たちは担当する奈落で異常事態が起きた場合、対応する役割も担っているため、C級にはA級の門番が2人、B級にはA級の門番が4人、A級にはA級の門番が最低でも8人は必ず駐在している。


 中に入ってしばらく階段を降りていくと横へ伸びた通路が現れる。

 そこに入らず、もっと奈落を降っていく。

 そして最下層付近にやってきたとき、魔素を感じるようになった。

 考えていた通り、ここにはまだ俺の全盛期の魔素が残っている。

 俺は全盛期の力を少しでも取り戻すため、魔素を吸収することにした。


 その後トラブルも特になく帰路で出会った魔物を倒し、冒険者ギルドに持ち帰った。

 だがこの街では最低ランクのC級の魔物なので大した値段にはならない。

 ルシャリアに宿を用意してもらえていなければ、この賃金でここで生活していくことは難しかっただろう。

 リュートベルズに着いた初日はこうして終わった。


 ★


「何者かが奈落の魔素を吸収したようです」


「それは本当か?」


「私自身で確認も取っております」


「そう……。では見つけ次第殺しなさい」


 現在、エルフたちの勢力は2つに分かれていた。

 1つが他種族排斥派。

 自分たちエルフこそが至高の種族であり、他の種族は劣等種であるという昔ながらのエルフの考え方の派閥。

 そしてかつて自分たちを破滅寸前に追い込んだ魔族を最も恨んでいる。

 もう1つが他種族共存派。

 かつての戦争を経て、全ての種族がともに生きていくべきと考える派閥。

 反多種族派とは違い、かつて自分たちを救った魔人、シンヴォレオを神聖視している派閥でもある。


 そして今回魔素を吸収しているシンヴォレオを先に見つけたのは半他種族派。

 そのためエルフたちは命を狙われることになった。


 ★


 翌日も俺はまた同じ奈落で魔素を吸収していた。

 一度で吸収しきらなかった理由はまだ身体が完全に封印から起きていないため。

 身体の許容量を超える魔素を一気に吸収したとなれば後遺症が出る。

 そのため徐々に身体を起こし、慣らしていっているのだ。

 だが昨日のように魔素の吸収に集中は出来なそうだ。

 奈落に入ってから3名にずっと追われている。

 そしてその者たちはただ追っているのではなく、明らかに敵意を持っている。


「そこの3人。さっきからなんだ」


 そいつらを意識していると魔素の吸収効率が落ちる。

 なのでその3人を殺すか退かすことにした。

 こちらが気付いていることがわかった3人は大人しく出てくる。

 3人は同じ格好をしており、黒のローブに認識阻害の魔法により顔が見えなくなっている。


「貴様。魔素を吸収していたな?」


「ああ。そう……」


 俺が答え終わる前に質問をしてきた者の横にいた2人が矢を射てきた。

 それを避けるために後ろに飛んだが次は地面からツタが伸び、捕まえようとしてくる。

 そのツタには棘が生えております、一度捕まれば逃げることは難しいだろう。

 切ることはできるが近づくのもリスクがある。

 なので魔法で焼き払おうとしたがどうも火が効いていない。

 どうやらただのツタではないようだ。


「何故攻撃をしてくる?」


「「………」」


 壊せなかったツタは仕方ないので切り落としながら3人に質問をする。

 だが誰も答えることはない。


 焼けないツタに的確な位置に飛んでくる矢。

 まだ他の魔法は使っておらず、相手の手の内がわからない状態でこのまま戦闘を継続するのは危険だ。

 俺はすぐに奈落から抜け出すことにした。


「逃がすな。追え!」


 追ってこようとするが脱兎のごとく逃げ出した俺に3人は追いつくとこができず、俺はそのまま奈落を抜けた。

 そして逃げる途中、敵のローブの隙間から特徴的な長い耳が見えた。


 ★


「奈落組目標を見失ったロスト。逃げられました」


「了解。地上組目標を見つけ次第追跡します」


 エルフたちは奈落で敵に攻撃を仕掛ける部隊と地上に逃げられた場合には相手の住処を特定するための追跡部隊でわけられていた。

 そして地上組はシンヴォレオが門から出てくるのを見つける。


「目標を発見。追跡を開始します」


 シンヴォレオを見つけた地上組はその後をつけた。


 ★


(外にもいるな……)


 奈落から出るとすぐに害ある視線が向けられていることがわかった。

 そしてその者たちは俺のことを追跡している。

 このまま帰るとルシャリア迷惑にあるため、追跡者を撒く、もしくは最終手段として追跡者を殺すことにした。


 追跡者は合計5人。

 普通のローブを着て追ってくる者たち3人と、認識阻害の魔法がかけられたローブを着た2人だ。

 狙いは3人を気付かせ、追跡を撒いたと安心してるところを2人が追うといったところだろう。

 追手を撒いたと思わせて警戒を緩めたところを追いかけるという厄介な方法だ。


 予想通り追手の3人は路地や人通りの多い場所に紛れたりを繰り返すとしばらくは追跡してきたが何度も繰り返すといなくなった。

 そして残りの2人はしっかりと追ってきていた。


 この街に来てから間もないため、殺しが原因で面倒な事態になることが避けたい俺は追跡者を撒くことにする。

 だが先程と同じようにしても巻くことができない。

 そのため別の方法を取ることにした。


 ★


「目標が歓楽街に入っていった」


「どこかに入る様子はあるか?」


「少し待って下さい。……いま入りました。場所は街一番の娼館です」


「……外からの監視に留めておけ」


 シンヴォレオが入った娼館はこの街で一番人気のある店で、最も大きな店だ。

 その人気の理由は従業員全員がハーフエルフ。

 ハーフではあるがエルフという美しい種族と遊べるということで冒険者から人気のある店だ。

 そしてシンヴォレオを追跡しているハイエルフたちからすれば最も近寄りたくない場所でもあった。


 ★


「こんにちは。お兄さん」


(まさかハーフエルフ!?)


「あら?私たちを初めて見たの?」


 エルフは俺の時代は他種族と交わるようなことはほとんどなかった。

 そのためこの店にいる多くのハーフエルフを見て驚いていた。


 俺はこの店を普通に利用するつもりはない。

 そのため話しかけてきたハーフエルフに魅了チャームをした。


「店長を呼べ」


「はい」


 魅了チャームを受け、少し虚ろな目になったハーフエルフは店長を呼びに行った。

 継に先程のハーフエルフが俺のところに来たときには虚ろな目ではなくなっていた。

 どうやら店長が治したようだ。


「店長がお呼びです。こちらに」


 ただ店長には会うことができそうだ。


 ━━━━━━━━━━━━━━


「あんたかい。うちの子に魅了チャームをかけた不届き者は」


 店長はエルフ。

 店の従業員と違う点はどうやらかなり腕が立つようだ。

 視線、体の重心、そして魔力。

 どれも一級品で、店内にいた冒険者では勝つことは愚か、戦闘にすらならない可能性が高い。


「すまなかった。俺も焦っていたから少々手荒にいかせてもらった」


「焦る?外のクソどもに追われているのはあんたかい。一体何をしでかしたんだい」


「それは俺もわからん。エルフは他種族と仲がいいと聞いたがここでは違うようだな」


「もしかしてあんた、南方から来たものかい?」


「そうだ」


「なら仕方ないね。今ここにいるエルフ、正確に言うとここで働いているエルフたち以外は全員、他種族排斥派と思っておいたほうがいいよ」


「排斥派……。純血至上主義の奴らか」


「知っているのかい。そいつらが百年前に他種族共存派だった女王に叛逆して今私達の里はそいつらに奪われたんだ」


「叛逆というものはそう簡単にできるものではないだろう?」


「そうなんだけどね、女王の命令でシン…、いやある人を探すために実力者たちは里にいなかったんだ。そのタイミングを狙われたんだよ。気付いたときにはもう遅くて、私も抵抗はしたんだけどね……」


 そう言いながら浴衣の袖をあげる。

 そしてそこに現れたのは義手だった。


「見ての通り、私はこれが原因で戦うことをやめたんだ」


「そんな状況で女王は生きているのか?」


「生きているはずさ。あの人は最期の王族だから、殺したら色々と不便なことになるからね。無事かどうかはわからないけど……」


 店長は不安そうな顔を浮かべていた。


「そうか。色々は話を聞かせてくれてありがとう」


「いや、私の方こそ無駄話が過ぎたね。あんた名前は?」


「シンだ」


「シン……。私はリベーリア。よくリーアって呼ばれる。今後もあのクソどもに追われたらここを使ってくれて構わないよ。あいつらはここには来ないからさ」


「すまない」


「それで家の方面はどっちだい」


「南門方面だな」


「そう。ついてきて」


 リーアについていくとある部屋についた。

 そしてその部屋の床を開けると通路になっていた。


「ここは南門まで繋がる通路だ。途中好きなところから出るといいさ」


「……よくこんな穴があるな」


 方面を聞いたということはこれと同じような通路が他にもあるということだろう。

 これには素直に驚いた。


「いつでも逃げられるようにだよ。使うことがないのが一番だけどね」


「じゃあ。世話になった」


「次は客として来てくれてもいいんだよ」


「それは遠慮しておくよ」


 リーアが教えてくれた通路のおかげで追跡を逃れることができ、俺は無事に家に帰ることができた。

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