第4話 旅立ち
グラストに泊まっていくように提案され、ひと晩だけのつもりだったのだが、しばらくの間その言葉に甘えていた。
そしてようやくルルは疲れが完全に取れ、俺はこの村から出ていく準備をしていた。
今の世界の状況はグラストからこの数日で教えてもらった。
その情報をもとに俺は行き先を決めた。
向かうは北の都市、リュートベルズ。
人の国で多くの種族と冒険者が集まる都市。
戦争はしていないが冒険者の多くが血の気が多いため、あらゆる場所で闘争があったりする危険な場所として有名な場所のようだ。
ただそこには未だ攻略されていない巨大迷宮があり、冒険者たちの中では聖地となっている。
そこに向かう理由は2つ。
1つは北側には大森林があり、その中にはエルフと妖精の国があるため。
だがエルフの案内がなければ入国することができない。
もう1つはリューズベルズにはエルフがいるため。
その中の誰かを捕まえ、ルシャリエに案内してもらおうと考えている。
では何故ルシャリエに向かおうとしているのか。
それは戦うために本来の力を取り戻すためだ。
★
「お世話になりました」
「いえ。こちらも楽しい日々を送らせてもらいました」
グラストに別れを告げ、村を出た。
最初の目的地はここより少し北にある街。
そこにはリュートベルズ行きの商人がいるため、その護衛としてリュートベルズに向かうつもりだ。
だが事はそう上手くいかなかった。
「護衛?冒険者証はあるのか?」
「冒険者証?持ってないな」
「なら無理だ。無いやつは護衛にできないんだ。乗せていってほしいのなら金がいるぞ」
「……ならいい。この話はなかったことに」
「そうか。これも何かの縁だろうから1つ助言をやろう。冒険者証は身分証、そして実力を証明するものとして使える。持っているだけで便利なものだから取るだけ取っといたほうがいい。冒険者ギルドで取れるから行ってくるといい。あのでかい建物だ」
そう言って商人が指を指す。
その先には街の外にいるにも関わらず見える大きな建物があった。
「時間を取らせたのにそんなことを教えてくれるとは。感謝する」
「それじゃあな」
「ああ」
冒険者というものは俺の生きた時代には存在しなかった。
そのためこのようなトラブルは予定になかった。
先程呼び止めた者の話を聞く限り、持っていたほうが便利なのだろう。
予定にはなかったが俺は冒険者協会に立ち寄ることにした。
「ここか。行くぞ」
冒険者ギルドは街の中でも目立つ大きさをしており、間違えるようなことはない。
そのため迷うことはなかった。
中に入ると受付と思われる場所が4つ。
そしてなぜか中にたむろしている冒険者と思われる者たちから睨まれる。
俺はそんな視線は気にせず受付に向かった。
「あの」
「はい、どうされましたか?」
「冒険者証はここで発行できるのか?」
「はい。初めての発行ですか?それとも紛失等による再発行ですか?」
「初めてだ」
「ではこの書類に必要事項を記入してください」
受付から渡された紙には名前と自分の戦闘スタイルら種族、そして出身などがあった。
出身地はまずグラストの村の名前を書かせてもらい、種族に関しては人族と、戦闘スタイルは魔法から近接まで全てと書いた。
「………
俺は受付に言われた通り、椅子に座って再度呼ばれるのを待っていた。
だがどうやらただ待っていることはできないようだ。
「おいあんた。ここは子連れが来るような生ぬるい場所じゃねぇんだよ。殺されたくなったら出ていけ」
酒を飲んでいた肩幅のある男が話しかけてくる。
「親切にどうも。だが貴様に言われるほど私は弱くない」
「ああ!!本当に殺されたいのか!!」
「お前の言葉遣いは教育に良くない。すぐにやめるか話しかけるな」
「なんだとゴラァ!!」
「二度も言わせるな」
男の顔面を掴み、誰もいない方向に投げ飛ばす。
飛ばされた男はすぐに俺のもとにやってくる。
協会の中にいた者たちは喧嘩が起こりそうな様子見て楽しそうに騒いでいる。
どうやら冒険者という生き物はこういうことが好きのようだ。
だがその騒ぎを聞き、受付の上階に繋がる階段から女が1人降りてきた。
「お前ら!冒険者同士の喧嘩はご法度だ」
そう叫ぶ女の胸には何かの紋章がある。
それは受付の者がつけていたものに似ているが、より豪華なものになっている。
どうやらこのギルド内で偉い者のようだ。
「すまんな。まだ冒険者じゃないので知らなかった」
「ん?じゃああんたがさっき渡された新人のやつか。今回の新人は随分活きの良いやつじゃないか」
そう言って女は何かを投げてきた。
それを受け取った俺は何か確認する。
それは俺の登録名、シンという名が刻まれた魔道具だった。
「知らなかったのなら処分もしないよ。それじゃ上に来れる?冒険者についての説明をするからさ」
「わかった。連れも一緒でいいか?」
「大丈夫だよ。娘さんも一緒で」
俺はルルを連れてその女の後をついて行った。
案内された部屋は執務席とソファのある部屋で俺たちはソファに座った。
「それじゃあ改めて自己紹介を。私はマヴィリ。本当はこういった説明も受付に任せるんだけど、君からはなにかを感じたからこうして私が説明しよう」
マヴィリはそう言って冒険者についての説明をしてくれた。
まず初めに冒険者証というものについて。
それは身分証にもなるもので、何かをするときに持っていて損はないものらしい。
普段は名前しか刻まれていないがその名前の者冒険者証に魔力を通すとその者のランクが浮かび上がるという。
ただ例外として冒険者ギルドは全ての冒険者証に対応した特殊なものがある。
言われた通り魔力を通してみるとそこにはFという文字が浮かび上がった。
次にランクについて。
ランクはF〜Sまであり、Fは冒険証を発行してクエストを5つまだ達成していない者のことを示すようだ。
そこからは自分のランクにあったクエストを達成していくことでランクが上がっていくようだ。
自分の受けることができるクエストは1人ならば自分のランクと同じ、もしくは1つ下まで。
同じランクの者が5人集まる、もしくは3人中1人が他の二人よりランクが高ければ数の多い方のランク1つ上のランクを受けることができる。
もう1つ重要なのが受ける最低ランクは自分より1つ下のランクということだ。
これは下のランクの者たちが苦労しないようにこのようなルールがあるようだ。
最後に冒険者同士のトラブルについて。
冒険者ギルド外でのトラブルについてはその者同士でどうにかすること。
ギルド内でトラブルによる戦闘などで協会の備品、設備が破損した場合はその場で責任を持ってもらうようだ。
説明を受けた内容をまとめるとこのようなものだった。
「質問は何かある?」
「手っ取り早くランクを上げる方法はないか?俺たちはリュートベルズに急いで向かわなければならないんだ」
「ランクを上げる方法か。リュートベルズなら最低でも、Cランクは欲しいからね。一番いいのはこっちとしてはあんまり推奨したくないけど【下剋上システム】かな」
「それはどういうものなんだ」
「簡単に言うなら新人が先輩たちをタイマンで倒すことだよ。それをして先輩を倒したらその先輩よりも強いことは証明できるでしょ?だからランクが自動的に倒した相手と同じランクになるってシステムだよ」
「本当に言葉のままだな」
「そうだね。それでこっちとしてはなんでそれをしてほしくないのかを言うと、倒された相手の評判が悪くなったり、下手をすると大怪我をするかもしれないからだよ。そんなことで怪我をするくらいなら依頼を受けて怪我して貰うほうがこっちとしてはよっぽどいいからね」
「だが俺は……」
「急いでいるんでしょ。だからこっちも付き合ってあげる。ここで一番強い冒険者、B級のノディと戦ってもらうよ。あいつなら怪我をするようなこともないだろうしね」
「わかった。では俺が勝てばB級になれるのか?」
教えられたルールに則るとそういうことになる。
だがマヴィリは首を縦には振らなかった。
「そう簡単にはいかないよ。B級になるためには何かしらの功績が必要になるから、飛び級できたとしてもC級が限界だね」
「そういうものか。では試合はいつできるんだ」
「ノディが起きたらかな。あいつまだ寝てるだろうから」
「流石に起きてるよマヴィ」
そんな声が外から聞こえてきた。
そして部屋の窓から誰かが入ってくる。
入ってきた者には特徴がある。目立つ獣耳と長い尻尾。
それはその者の種族が人族ではなく、獣人族であることを示していた。
「獣人族か。久しぶりに見たな」
「ここら辺じゃ少ないからね。さっきの話は聞かせてもらったよ。よろしくね。えっと……」
「シンだ」
「シン!よろしくね」
★
2人の戦闘はノディが起きていたため、試合はすぐに行われた。
試合が行われた場所は街の少し外れにある冒険者たちが鍛錬を行う訓練所だ。
【下剋上】が行われるということはすぐに冒険者協会に広まり、すぐに訓練所に多くの冒険者が集まった。
「審判はギルドマスターの私が行う。ルールは相手に完治不可能の怪我を負わせること。並びに死亡させることは禁止とする質問は?」
「ない」
「ないよ」
俺は右手に魔法で作った短剣を持ち、ノディは獣人の特徴的な武器である爪を出す。
「開始!」
その合図とともにノディが走り出す。
走る速さは流石は獣人。
人間に比べると倍以上の速度で走っていた。
速度で相手を翻弄し、隙を見せたらそこをつくつもりなのだろう。
その戦法は獣人が得意とするものであり、人ではなく獣の狩りの仕方だ。
こういった相手の倒し方は簡単。
わざと隙を見せるのだ。
(今だ!)
ノディは俺の見せた一瞬のすきを見逃さずに突撃してくる。
俺はそれに蹴りでカウンターを入れる。
わざと見せた隙と気付かずに突撃してきたノディはカウンターに対応できず、俺の蹴りをおもりきり腹に受けた。
そしてそのままボールのように飛んでいった。
「加減はしたんだが、思ったよりも飛んでいったな」
俺はその場で動けなくするくらいのつもりで蹴りを入れた。
だが強すぎたようだ。
「審判」
「あ、ああ」
マヴィリは一撃でノディがやられたことを驚いているようで、まだ動揺しながらノディよ意識があるか確認しにいく。
結果、ノディは一撃で意識を失っており、俺の勝利に終わった。
★
「はい。これで君はC級ね」
渡された冒険者証に魔力を込めるとそこにはCという文字が浮かび上がる。
「もうリュートベルズに向かうつもり?」
「そうだ。ここからリュートベルズに向かう商人はいるか?」
「ちょっと待ってね。えっと……明日の夜にここを出るのが一番早いね」
マヴィリは机の書類を見ながら答える。
「では打ち合わせをしたいから名前を教えてくれ」
「名前はルシャリア・アシュリード。アシュリード商会の愛娘だね。ただ……」
「どうした?」
マヴィリは困った顔をしていた。
「商会の人だから護衛はもういると思うんだ。だから護衛として雇ってもらうのは無理かもしれないな」
「ではどうすればいい?」
「一度、私が聞いてみるよ。シンの実力も私が直接見てるから保証するとも伝えてみるつもりだ」
「すまない」
「別にいいよ。その代わりと言ってはなんだけど、シンって
「ある程度はできるな」
「ならノディのこと治してやってくれないか?君に蹴られたときにどうやら肋の何本数折れたみたいなんだ」
「わかった。試合とはいえ俺が負わせた傷だ。やっておこう」
「ありがとね。じゃあ私はすぐに話してくるよ」
マヴィリは話が終わるとすぐルシャリアに今のことを話しに行き、俺はノディの治療に行った。
★
ノディの治療を終わらせ、小銭稼ぎをするために冒険者協会にある掲示板を確認しているとき、マヴィリから声をかけられた。
「どうしたんだ?」
「ルシャリアさんと話し合ってみたんだけど、本人と話してみたいって言われたんだ。今、時間ある」
「大丈夫だ」
「それじゃあついてきて」
ついていくと到着した場所は冒険者証を渡された場所だった。
少し違うのはその部屋に既に1人、女がいたことだけだ。
おそらく彼女がルシャリアなのだろう。
「彼が噂のシンさん?」
「そうだよ」
「はじめましてシンさん。私はルシャリア・アシュリード。アシュリード商会長の娘だよ」
「はじめましてルシャリアさん」
握手をすると旗から見ただけではわからないが手にペンだこがあることがわかった。
どうやら親の七光りではなく、本人も努力をしているようだ。
「話は聞かせてもらったよ。でも護衛はもう雇っているんだ」
「では厳しそうか」
「でもそれはあくまでも荷台の護衛の話だ。少し面倒だけど私の護衛という形ならなんとかできそうだよ」
「なぜそこまでして連れて行ってくれるんだ?」
「昔アシュリード商会がマヴィリさんに世話になったことがあるんだ。だからマヴィリさんの頼みは叶えられるなら叶えたいんだよ。それで私の護衛という形でいいかな」
「わかった。ただ俺には連れがいて……」
「娘さんのことだね。もう聞いてるから大丈夫だよ」
「では護衛という形でお願いする」
「わかった。明日の夕方、冒険者ギルドで集合ということで」
「ああ」
話し合いが終わるとルシャリアは忙しそうに部屋を出ていき、俺は明日の予定をルルに伝えるために宿に戻った。
★
翌夕、俺は予定通りルルとともに冒険者ギルドでルシャリアのことを待っていた。
すると馬車を5台ほど連れた行列がやってきた。
「お〜い、シン。待った?」
「大して待ってない。ルル、挨拶を」
「今日からお世話になりますルシャリアさん」
「はいどうも。礼儀正しくていい子だね」
「礼儀は生きていくうえで大事だからな。それくらいは教えている」
「そうね。人としての基本だからね。ご飯はもう食べた?」
「いや、まだ食べていない」
「ならよかった。この街の美味しい店知ってるからそこで食べようか」
ついた場所は町外れの質素な店。
ただ味だけは超一流で、知る人ぞ知る名店だ。
値段も良心的で、またここに来ることがあれば行きたいと思った。
「ご飯も食べ終わったし、そろそろリュートベルズに向かうよ。シンは私の護衛という形だから2人は同じ場所に乗ってね」
「わかった」
ルシャリアの護衛という形で雇われている俺は護衛はいついかなる時もその対象を守る必要があるため、同じ場所になることになった。
その待遇は荷台の護衛よりもよく、また戦闘自体もその護衛たちが行うため、俺たちは金を貰ってリュートベルズに向かっているようなものだった。
「2人とも、目的地が見えてきたよ」
削れた山から差し込んできた光に照らされる無数の奈落の上に作られた街。
それこそが俺たち目的地、リュートベルズだ。
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