第1話 契約の魔人

【契約の魔人】シンヴォレオ

 それは神話の時代と呼ばれた数千年前に一時的に姿を現した魔族と人間の間に生まれたハーフ。


 半人半魔とされる種族であり、その時代はすべての種族同士で戦争をしていたため忌み子とされ、両親はともに自分の種族の者に殺され、その子どもも殺された。


 そう思われていたのだが両親が最期の力でシンヴォレオを逃がしていた。


 そしてシンヴォレオは1人で圧倒的な力を手に入れ、後に1人のエルフの少女との契約により数百年以上続いた戦争にたった1人で終止符を打つことになる。


 現代ではその名は長命種しか伝わっておらず、それは恐怖の対象となっている。


 ★


「これで貴様と俺の契約が終わった。ところであいつらは殺して良いのか?」


 シンヴォレオは今現在、弓を射とうとしている鎧の奴らを指差す。

 ルルは小さくうなずくとその瞬間シンヴォレオの姿が消えた。


「貴様はだ……ぐはぁ!」


 シンヴォレオは先程から命令を出していた男の顔面に膝蹴りをする。

 男の顔は凹み、鼻血が噴出た。

 頭を掴んでいた手をそのままにし、シンヴォレオは男の上で逆立ちをする。

 逆立ちをしたまま身体をひねると男のゴキゴキと音を鳴らしながら何回転もする。

 そしてそれを引っこ抜いてその長い脊椎を剣のように振り落ろし、すぐ後ろにいた男を鎧ごと真っ二つにする。

 その衝撃で脊椎は砕け散り、シンヴォレオはその宙に舞っている砕け散った骨をつかみ取り、次はそれを投げナイフのように使う。

 投げられた骨はすべて額に深く刺さっており、次々に追手が倒れていく。


 10人近くいた追手はシンヴォレオによって数秒で殲滅されたのだった。

 ルルはその蹂躙をただ黙って見ていた。


 ★


「おい。行かないのか?」


 俺をが血に濡れた手を払いながらルルに声をかけるが返事がない。

 血を見たのが初めてなのか顔を真っ青をしている。


 ルルに近づき、背中を手を当てる。

 するとその部分が光りだした。


「怪我で立てないのか。俺はこれぐらいでしか治せん。我慢しろ」


 俺がしているのは魔力をルルに与えているだけ。


 だが魔力が細胞を活性化させ、どんどんと傷口を治していっている。

 怪我を治したあとも近くでルルのことを見守り、動き出すまで待っていた。


「ようやくか。行くぞ」


 ルルが立ち上がったのを見た俺はその小さな手を引いて洞窟を出ていった。


 外に出た俺の前には見知らぬ世界が映っていた。

 そこは見渡す限りの森林だった。


「いったいどこだここは?」

「魔素も随分と濃いな。いや、それは俺のせいか」


 眠りについた場所は草木一切ない平地だったはずだ。

 どうやら寝ていた間にここまで森林が復活したようだ。

 魔力が濃い理由は恐らく俺がこの森の中にある洞窟で眠りについていたせいだ。

 まだ分からないがこのあたりには強化された魔物が大勢いるはずだ。


「ルルといったな。貴様が捕らえられていた場所に案内しろ」


 ルルとの契約は自由を与えること。

 そのためにはまずは追っ手が来る可能性があるルルのとこを捕らえていた奴らを殺す必要がある。

 その次は殺したことによって追われる可能性があるため殺したものが所属していた国も滅ぼす必要があるかもしれない。


 まあ、今考えても解決することではないので問題が起こり次第解決していくことにしよう。


「こっち」


 ルルが指しているのは先程の騎士たちが通ったことにより草木が折れている場所だ。

 また怪我をしないように俺はルルのことを背負ってその森を通ることにした。


 ★


「お前ら!なに奴隷を逃がしている!」


「申し訳ありません!」


「申し訳ありません、じゃねぇだろ。さっさとそいつの首を持ってこい!」


 そう言いながら土下座している騎士の顔を蹴っているのはこの城砦【リグネス】の領主、ブュエル・ダグリネスだ。


 その者は【リグネス】をまるで自分の国のように扱っており、気に食わないことがあればいつも騎士たちや奴隷たちに当たり散らしている。


 そのため騎士たちからもこの都市での駐屯は地獄と言われており、市民からの信頼も一切ない。


 ただ国への献上金が高いため、帝国からその地位を任命されているだけの男。

 帝国は【リグネス】からの献上金が減ればその地位から落とすつもりでいる。


「現在第六部隊が追跡しています。ですがどうやら魔の大森林に逃げたようでもう死んでいる可能性が高いです」


「そんなことは知らん!奴隷たちの見せしめにするために首は必ず持ってくるんだ!」

「さっさと探しに行け!」


「はっ!」


 先程まで蹴られていた騎士はさっさとその部屋を出ていった。


 ★


「大丈夫か」


「いや、全然。あの豚さっさと死ねばいいのに」


「ははっ!そうだな」


 先程まで蹴られていた騎士は【リグネス】の騎士をまとめる騎士団長、ルザルク。


 ブュエルとは真逆で、部下たちからも市民たち、更には奴隷たちからも厚い信頼を受けている。


 その姿はまさに聖人である。


 ルザルクは昔から奴隷という制度が嫌いであったため、騎士団長という地位についた今では奴隷を開放することを目的としてきた。


 だが今はまだその力を持っていないルザルクはせめてもの救いとしてブュエルに隠れて奴隷たちに教育や飯の提供、そしてブュエルの理不尽により殺されそうになった者たちを裏で助けているのだ。


 その心意気を知っているのはルザルクが信頼している第一部隊のみで、他の部隊はブュエルと同じく奴隷を人間のように扱っていない。


 そのため今回は本当ならば第一部隊に追跡をされたかったのだが、事件が起きたときにバラバラであったため、その時に奴隷を監視していた第六部隊仕方なく向かわせたのだ。


「逃げた子は無事かな……」


「……わからんが無事だったとしても殺されているだろう」


「……クソッ」


 ルザルクは自分の無力さが悔しく、唇を噛んだ。


 そんなときだった。

 城壁付近が騒がしくなり、ルザルクがそこにいる騎士たちに呼び出されたのは。


 ★


「相変わらず人間はこういう建物が大好きだな……」


 俺は高く反り立つ壁を見て呟く。

 昔から人間は無駄に高い壁で敵の侵入を防ごうとし、高所から有利に防衛をしようとしてきた。

 だがそれは力がある程度侵攻しているときに通用すること。


 圧倒的強者の前ではそれはただ邪魔なだけの壁なのだ。


「貴様何者だ!その背中の子供は誰だ!」


 そんなことを考えていると壁門にいた騎士に声をかけられる。


「この子か?名前はルルだ」


 戦闘が始まる前にルルを背中から下ろして隠れておくよう言っておく。


「ルルだと?逃げた奴隷か!」


「奴隷なのに名前は覚えているんだな」


「俺は奴隷の管理をしている者だ。覚えていて当然だろう」


「管理、ねぇ……。傲慢なのは変わらないのか」


 俺は相手に聞こえないほどの声で呟く。


「まずは交渉を有利に進めるための準備をするか」


 俺は立っている騎士に向かって石を投げつける。

 それはここに来るまでの森の中で集めていた投げやすそうな石だ。

 そのスピードは音速を越え、一瞬で騎士の右腕を吹き飛ばす。

 壁上から弓を構え、こちらの様子を伺っている奴らには顔面に石を投げつけ、全員の顔面を削り取った。


「グアアァァァァァァァ。痛えぇ、クソ痛えぇ」


 腕がなくなって右腕の付け根を左腕で抑えながら地面にうずくまりながら叫んでいる。

 それにゆっくりと近づき、前にたった俺は交渉を開始する。


「貴様、奴隷を開放しろ。さもなくば次は首が飛ぶと思え」


 だがその騎士はこちらの話を聞いていない。

 既に痛みで気を失っていた。


「人間も弱くなったな。たかが腕の1本で気絶するとは」


 俺が生きていた時代の人間は腕の1本がなくなってももう片方の腕を使って攻撃を仕掛けてきた。

 2本なくなってもどうにかして攻撃しようともしてきた。

 人間の最も恐ろしいのは死ぬ間際でも敵に一矢報いようとするその執念。

 だがどうやらその執念を忘れているようだ。


 そのような者たちでは敵になることはない。


 交渉も出来ない者にはようがないので丁度蹴りやすそうな位置にあった顔面を蹴り飛ばしておく。

 頭のなくした騎士の体がゆっくりと倒れ、首から噴水のように血が噴き出す。

 首が放物線上に飛んでいき、地面に落ちていった首を1人の騎士が拾っていた。

 その騎士は先程までのこのあたりにいたものよりもオーラが強い。

 見ているだけでここの強者だとわかる。

 俺はその騎士に向かって言う。


「ここにいる奴隷を全員解放しろ。さもなくば殺す」

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