第三十五話

「一体、どういうことだ⁉ しゅが効かぬではないか! 清原王きよはらのおおきみはおろか、赤子もぴんぴんしておるわ!」

「落ち着き給え、道足みちたりどの。……力の強い相手にはしゅは効かぬのだよ」

「のう、何かいい方法はないのか?」

「毒を用いる方が早いな。……少しずつ弱らせていく方法もあろうぞ。毒の配分が難しいのだがな」

「ほう」

 ふじ氏の奥まった一室で、怪しく光る目があった。


「それにしても忌々しい。あの白い髪に金色の瞳! 三人みひとのあの顔!」

「それならば、まずは三人みひとを狙ったらどうかの?」

三人みひとを?」

「そう。徐々に弱らせていけば、気づかれまいて」

「――それはいい考えだ」

 くっくという嗤いが部屋に薄く響いた。


「天皇家など、名ばかりのもの。本来、能力が強いものが上に立つべきではないか? そう思うであろう、道足みちたりどの」

「確かに。――ここ何代かの天皇は、天皇としての責務を果たしていなかった。おかげで、六家りっかがどれほど大変であったことか」

「いかにも。我はの、道足みちたりどの。天皇家など、なくても構わないと思うておるのだよ。天皇などいなくても、我らで国を治めていけるであろう?」

「そうだな」


 二人の男は声をひそめて、密談を続けた――


 *

 

 生誕の儀が終わった夜、御寝所で嘉乃よしのと二人きりになり、清原王きよはらのおおきみは嘉乃を抱き締めた。

「今日はありがとう、嘉乃」

「いいえ、あなたこそ、月原さま」

 清原王は嘉乃に口づけをしながら言った。

「二人で、清白を守っていこう。それから、私は――もっと子どもが欲しい。嘉乃との」

 嘉乃はそれには答えず、静かに微笑むと、清原王きよはらのおおきみに自分から口づけをした。


 清原王きよはらのおおきみは口づけを返すと、嘉乃の頬に目蓋に、首筋に唇を寄せた。

「嘉乃――心配なことがあるなら、言って欲しい。ちゃんと守るから」

「月原さま」

 嘉乃が流した涙に唇を寄せると、清原王きよはらおうはそのまま嘉乃を抱き締め、そっと寝かせ、今度は覆いかぶさるように唇に口づけをした。

「嘉乃、愛している。あなただけだ」

「月原さま。――わたしも、あなただけ」

 愛している、と嘉乃は言葉に出さずに言った。


 どんなことがあっても、あなたがどんな行動をとっても、何もかもを愛している。

 そしてもちろん、清白王きよあきおうも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る