第四章 ひとときの幸せと、予言

第一節 幸せの中で夢を見る

第二十四話

 言はまくも あやにかしこき ひさかたの あま伝ひ来る

 (言葉で言うのもまことに畏れ多いことですが、乱れた世のあと、

  久しぶりに天から力を授かった王がこの地にいらっしゃいます)


 白雪ゆきじもの 御髪みぐしなびかせ 神光じんこうの 金のまなこを いだきたる 大君おほきみ天降あも

 (雪のように白い髪をなびかせ、神の光が宿った金色の瞳を持った王が

  この世にお生まれになるのです)


 あまぶや こと神に 天翔あまがける ことばたずさへ いつきして 清らかならむ

 (その王の言葉は天を飛んで神に届くでしょう。

  天翔ることの出来る祝詞を操る力を持って、潔斎をなさり神と通じ、

  美しく清らかな魂でいらっしゃることでしょう)

 

 白の君 白き小さき 花花はなばなを 父母ちちははとして 黒のは 外よりきた

 (白の君は、白い小さな花を象徴花に持つ方々を父母としてお生まれになり、

  黒の妃は外からいらっしゃいます)


 鳥が鳴き 花の舞ひをり ちはやぶる 人をやはせて 国治む

 (鳥が鳴いて歌をうたい、象徴花が舞い、

  荒々しい人々をなごませて味方にして心を捉え、国を治めます)


 白と黒の世 千万ちよろづに いや常世とこよまで うるはしく 栄え給ふぞ

 (そのようにして、白と黒の世は千万に、常住不変の国として

  永く永く豊かに美しく栄えなさるのです)




 運命の子を産む、運命の娘よ。

 予言の神話にうたわれている、白い髪と金色の瞳を持った力の強い王の魂が、近いうちに汝の身に宿ることだろう。

 運命の子は、この世界の不調を一新し、かつてないほど豊かで美しい国へと導いてゆく。

 汝は、繁栄をもたらすその運命の子の、母となるのだ。



 *



 嘉乃よしのは真夜中に清原王きよはらおうの腕の中で目覚めながら、不思議な夢を見た、と思った。

 長歌による神話が夢の中でうたわれていた。それから、真澄鏡まそかがみの前に立ったときに聞こえたのと同じような声が聞えた。

 ――運命の子を産む、運命の娘? わたしが?

 運命の子たる予言の王を、産み給ふ娘よ――という声を思い出す。

 わたしが産む子が、運命の子?


「……どうした?」

 清原王が起きて、嘉乃を見た。

「夢を、見て」

「どんな夢?」

 嘉乃は目を閉じた。

 夢の印象はどんどん遠のいて行ってしまった。

「――忘れてしまって」

「嘉乃――」

 清原王は嘉乃に覆いかぶさり、その唇に口づけをし何度も口づけをし、それから。


 嘉乃は清原王の背中に手を回し、「月原さま」と言った。

 ユキヤナギがひらひらと舞った。

 言えなかった、と嘉乃は思った。

 真澄鏡まそかがみの話も出来ていない。

 声の話も。

 ユキヤナギが部屋中をひらひらと舞い続ける。そして、一部は光って、辺りはやわらかな光で満ちていた。

 祝祭のようだ、と嘉乃は思う。

 初めて清原王と繫がったときも、世界がよろこんでいる、と思った。


 優しいあなた。

 嘉乃はそっと、清原王の頬に触れた。

「嘉乃」

 熱くて甘い吐息。

 どうしてこんなにも愛しいのだろう?

 嘉乃は涙を流した。

 幸せだ、と思う。

 ――微かな不安がその奥にいて、膝を抱えていることは分かっていた。

 だけど、この瞬間はどうしようもなく、幸せだ。


 清原王の体温を、一番近くで感じながら、やはりあまりに愛しくて、満ち足りた気持ちになる。

「愛している」

「わたしも愛しています」

 これ以上何かを望んだらいけないような気がした。


 ユキヤナギが、白い淡い光を放ちながら、部屋中を飛び交う。

 天に届きそうな気持ちになりながら、嘉乃は、溢れ出す悦びの中、そのまままた、眠りに落ちて行った。


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