第三章 離れることなど、どうして出来よう?
第一節 嫌われたくなかったんだ
第十六話
結局、
既に、月原――
「嘉乃」
彼は何も知らずに、嘉乃に手を伸ばしてきた。
いつもなら、その手をとって、抱き締めてもらうのに。
嘉乃は手を取ることが出来なかった。
だって、この方は皇太子さまだから。
……本当は。
本当は、もうここに来てはいけないということが、苦しいくらい分かっていた。だけど、どうしても最後にひとめ、逢いたかった。
嘉乃の頬を、涙が伝った。
「嘉乃?」
清原王が不思議そうな顔をする。
「――申し訳ありません」
「嘉乃……」
「もう、お会い出来ません。だって、あなたは皇太子さまで、婚約者もいらっしゃるのですから」
でも、どうしても、ひとめ逢いたくて。
「嘉乃!」
嘉乃は身を
しかし、腕を掴まれ、去ることは叶わなかった。
後ろから、強く抱き締められる。
清原王の唇が嘉乃の耳元に当たる。
「――すまない、嘘をついて。嘉乃が離れていくのが怖かったんだ。――嫌われたくなかったんだ」
清原王の息が、嘉乃の耳にかかった。言葉が心の奥まで、届く。その言葉に嘘はないと思った。だけど。
「でも、もうお会い出来ません。だって」
「嘉乃」
清原王はいつにない強い力で嘉乃を抱きすくめ、決して離さなかった。そして、そのまま嘉乃を抱え、庭の奥へと移動しようとした。
「月原さま――皇太子さま!」
「嘉乃、行かないで欲しい」
「だけど」
「嘉乃――愛している」
悲しいほど、清原王の気持ちが嘉乃に伝わってきた。
「でも、身分が違い過ぎます。あなたには、聖子さまがいらっしゃいます」
そのとき、ふと清原王の力が緩んだので、嘉乃は清原王の腕からするりと抜けて駆け出した。
「嘉乃!」
清原王の声が夜に響く。
嘉乃は愛しいその人から逃げた。
逃げることが正しいことかどうかも分からず、ただ逃げた。
髪が後ろに
夢中で逃げていたら、庭の奥へ奥へと進んでいた。
もうすぐ、初めて会った場所だ、と思ったら、また涙が浮かんだ。
――どうして最初に気づかなかったんだろう? どう考えても高貴な方なのに。
手で涙を拭って、一瞬前が見えなくなったそのとき、嘉乃は、身体が傾き激しい痛みを感じ、同時に全身が濡れたのが分かった。
目の前に月があった。
満月から少し小さくなった月。
今日も月がきれいだった。
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