第二節 逢いたい気持ち
第十話
「……
「散歩だよ」
「――冗談はおやめください」
「……
「清原王。いま、天皇家は非常に微妙な立ち位置におります」
「分かっている」
「いいえ、分かっていらっしゃいません。天皇家の力が衰えている今、
「――分かっている」
「……本当ですか?」
「あの娘は、調べてみれば、
他の?
と、清原王は思った。
他の、とはどういう意味だろう?
嘉乃以外なら、誰でも同じだった。藤氏のお姫さまも、そこらにいる女官も。
清原王にとって、嘉乃だけが特別な存在だった。
「私……私は、嘉乃以外、考えられない」
「清原王! 美しい娘なら、他にもおります。あの娘だけはおやめください。
「そうじゃないんだ、
「清原王」
「……どうしたら、いいんだ……。嘉乃を
「それでも、清原王。もうお会いするのはおやめください。
「……
そんなことは、清原王にも分かっていた。充分すぎるほど。
「清原王、いいですね?」
嘉乃はこのごろ、仕事に身が入らなくて、
「嘉乃! いい加減にしなさい。何度お皿や壺を割ったら気が済むんですか⁉」
「……すみません」
「すみませんは、聞き飽きました!」
「……すみません」
大滝は大きく溜め息をついた。
「あなた、首になりたいの?」
「いいえ!」
嘉乃は大きく首を振った。
もし首になってしまったら、月原さまと逢えなくなってしまう、と思った。
しかし、月原との逢瀬を思うと、仕事に身が入らなくなるのも事実だった。日中でも常に、夜のことを考えていた。そして、脳裏に浮かぶのは彼のことばかりだった。
「すみません」
嘉乃はもう一度頭を下げた。
「……ねえ、大丈夫?」
大滝が去ったあと、初瀬が声をかけてきた。
「――うん」
「……ねえ、嘉乃。いつも夜、どこに行っているの?」
「……言えない」
「……好きな人、出来たの?」
嘉乃は答えることが出来なかった。でも、初瀬は、ちょっと笑って「分かった」と言った。
「寝不足も失敗の原因だからさ。もう少し早く戻るといいよ」
「うん」
それは分かっていたのだが、毎回離れがたく思って、帰るのがどんどん遅くなっていっていたのだった。
「恋する顔してる」
「え?」
「いいなあ! わたしも恋したい!」
初瀬は明るく笑って言った。
恋?
――そうか、これが恋。
ひと目見たときから、惹かれた。
優しい瞳。
なめらかであたたかい、手のひら。
愛しい口づけ。
昼も夜も、あの人のことが頭から離れない。
他のことは手につかない。
もっと。
ほんとうは、もっとずっと触れて欲しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます