第九話
庭の奥には使っていない建屋があるのを清原王は知っていたので、最近ではそこで語らうことが多かった。蝋燭の灯りで語り合う。文字の力は使えなかった。身分を隠していたから。清原王は、本当の名前を伝えることがどうしても出来ないでいた。嘉乃は清原王のことを、東宮御所の警備のものだと誤解をしていた。しかし誤解したままでいいと、清原王は思っていた。だから、文字の力は使えず、灯り一つともせない。だけど、清原王は、嘉乃の前ではただの「月原」でいたかった。
月明かりと蝋燭の灯りのもとで、見れば見るほど、嘉乃はあのときの少女に似ていた。
「嘉乃」
「月原さま」
清原王は嘉乃の頬をそっと撫で、それから顔を寄せて口づけをする。
何度も。
嘉乃の唇を舌でこじ開け、嘉乃の舌を絡めとる。
「……嘉乃……」
「……月原さま……あ、あの、わたし……!」
清原王の手が着物の前を開け、その胸に触れたとき、嘉乃の手が清原王を押した。
嘉乃はうるんだ目をしながら、でも困ったような顔をしていた。
「――すまない」
清原王は、嘉乃の着物を整え、それから嘉乃をぎゅっと抱き締めた。
どうしてこんなに愛しいと思うのだろう?
嘉乃は毎晩
手を引かれて庭の奥へ行く。
庭の木々が、喜んでいるようだ、と嘉乃は思うのだった。
二人で手を繋いで歩くと、木々が花々が、まるで祝福の歌をうたっているように感じた。
月の光が射す。
この人はどうして少しさみしそうなのだろう?
嘉乃は、そっとその頬を撫でたくなるのだった。
庭の奥の使っていない建屋で共に過ごすようになって、幾日か過ぎたとき、ふいに月原が熱い目で嘉乃を見た。
嘉乃は、心臓の鼓動を感じながら、彼が自分に触れるのを待った。
唇が触れ、震えるほど嬉しかった。
熱が唇から伝わり、嘉乃の躰を熱くした。
舌が絡まり、嘉乃は彼の背中に手を回した。
しかし、着物が開かれ、手が乳房に触れたとき――ふと、怖くなった。そして、手で彼を押した。
「すまない」と彼は言った。
違う。
怖かっただけ。
このまま、あなたへと、どんどん吸い込まれてしまうのが。
全て、奪われてしまいそうだと思った。何もかも、すべて。
抱き締められながら、嘉乃は、この先にあることを思って躰を熱くした。
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