第二節 皇太子の婚約者、決まる
第二話
遠方に山々が見える。
けぶる、緑。
山の
重なり合う山々、澄んだ青空、波雲が泳ぎ、鳥の声が遠方から届き、風が世界を撫でる。
眼下には田畑と人家が見えた。嘉乃は、人々が一生懸命に働いている姿を見るのも好きだった。
「嘉乃」
声がして振り向くと、
「
「最近にしては、まあまあかな」
「……収穫量増えないよね」
嘉乃と
「うーん、仕方がないなあ……。でも、今度の皇太子さまは、お力が強いって言うよ」
嘉乃と名木は幼なじみだ。二人は二年前いっしょに成人を迎え、十八歳になっていた。
「お力が強いなら、早く天皇に即位してくださらないかしら」
「そうよねえ」
この世界は、天皇が神に祈りを届けることで、豊かさや平和が成り立っている。例えば、天皇の力の強さで、天候や収穫量が左右されるのだ。しかし、ここ何代か力の弱い天皇が続き、災害が相次ぎ天候不順も重なり、農作物の収穫量や漁獲量などが激減した。したがって、民は苦しい生活を強いられていた。力の強い皇太子が即位して天皇となり、国を治めてくれるなら、ありがたいことだった。
「ねえ、そう言えば聞いた?」
「何を?」
「皇太子さま、婚約者が決まったらしいわよ」
「へえ。どなた?」
「
「藤氏! 藤氏は強いものねえ」
基本的に天皇や皇太子の妃となる人間は力を有していた。
力とは、文字を操る能力。文字を書き、祈ることで力は発動する。
文字の力はあらゆることに及ぶ。
天候や収穫量、漁獲量など、世界の根幹をなすことに関しては、天皇もしくは天皇家の血筋のものが行う。天皇が神に
また、日常のさまざまな事柄、怪我や病気を治すことにも文字の力は使われる。それは、天皇でなくても、文字の力を有していれば可能だ。「治癒」や「平癒」と書いて、祈ることで怪我や病気が治る。出産に際して無事に生まれて来るように祈るときや、水を清浄にしたり地震で崩れた岩石をどけたりするときにも使われる。田畑を耕しやすくも出来るし、荷物を運びやすくも出来る。そのようにして、文字の力は世界を豊かに平和にする。
文字の力は、天に住まう神から初代天皇に授けられたもので、ゆえに天皇家は文字の力を有する。そして天皇家から分岐した六つの氏、つまり
神事・祭事を司る
軍事を司る
薬事を司る
海事を司る
山事を司る
この六氏をもって、
文字の能力を有するものは天皇家と
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