第二節 皇太子の婚約者、決まる

第二話

 遠方に山々が見える。

 けぶる、緑。

 山のが青空に溶けていきそうな、美しさ。

 重なり合う山々、澄んだ青空、波雲が泳ぎ、鳥の声が遠方から届き、風が世界を撫でる。

 嘉乃よしのはここから見る景色が好きだった。

 眼下には田畑と人家が見えた。嘉乃は、人々が一生懸命に働いている姿を見るのも好きだった。


「嘉乃」

 声がして振り向くと、名木なぎが、嘉乃と同じように籠に山菜を入れて立っていた。今日は二人で山菜採りに来たのだ。

名木なぎ。たくさん採れた?」

「最近にしては、まあまあかな」

「……収穫量増えないよね」

 嘉乃と名木なぎは、そのまま、そこに腰を下ろした。

「うーん、仕方がないなあ……。でも、今度の皇太子さまは、お力が強いって言うよ」

 名木なぎはそう言って、嘉乃に笑いかけ、ふわふわの髪が風にゆれた。

 嘉乃と名木は幼なじみだ。二人は二年前いっしょに成人を迎え、十八歳になっていた。

「お力が強いなら、早く天皇に即位してくださらないかしら」

「そうよねえ」


 この世界は、天皇が神に祈りを届けることで、豊かさや平和が成り立っている。例えば、天皇の力の強さで、天候や収穫量が左右されるのだ。しかし、ここ何代か力の弱い天皇が続き、災害が相次ぎ天候不順も重なり、農作物の収穫量や漁獲量などが激減した。したがって、民は苦しい生活を強いられていた。力の強い皇太子が即位して天皇となり、国を治めてくれるなら、ありがたいことだった。


「ねえ、そう言えば聞いた?」

 名木なぎは元気よく嘉乃に言う。

「何を?」

「皇太子さま、婚約者が決まったらしいわよ」

「へえ。どなた?」

ふじ氏のお姫さまみたい」

「藤氏! 藤氏は強いものねえ」



 基本的に天皇や皇太子の妃となる人間は力を有していた。

 力とは、文字を操る能力。文字を書き、祈ることで力は発動する。

 文字の力はあらゆることに及ぶ。

 天候や収穫量、漁獲量など、世界の根幹をなすことに関しては、天皇もしくは天皇家の血筋のものが行う。天皇が神にことばを届け、聞き届けられると、天候が安定する。そして、収穫量や漁獲量が豊かになり、恵みがもたらされる。


 また、日常のさまざまな事柄、怪我や病気を治すことにも文字の力は使われる。それは、天皇でなくても、文字の力を有していれば可能だ。「治癒」や「平癒」と書いて、祈ることで怪我や病気が治る。出産に際して無事に生まれて来るように祈るときや、水を清浄にしたり地震で崩れた岩石をどけたりするときにも使われる。田畑を耕しやすくも出来るし、荷物を運びやすくも出来る。そのようにして、文字の力は世界を豊かに平和にする。


 文字の力は、天に住まう神から初代天皇に授けられたもので、ゆえに天皇家は文字の力を有する。そして天皇家から分岐した六つの氏、つまり六家りっかが、天皇家に次いで強い文字の力を持っていた。


 神事・祭事を司るふじ氏とたちばな氏。

 軍事を司るひのき氏。

 薬事を司るうるし氏。

 海事を司るあし氏。

 山事を司るかずら氏。

 この六氏をもって、六家りっかという。


 文字の能力を有するものは天皇家と六家りっかに限られているうえ、近ごろは能力者も少なくなっていた。文字の能力で世界を安定させてきていたので、それは不安をいや増す事態であった。しかもその力も、成人しないと発現しなかった。十六歳になり成人し、成人の儀の中で、真澄鏡まそかがみの前に立つ。そのとき能力を持つものだけが有する象徴花しょうちょうかが降るかどうかで、能力の判定が行われた。

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