天翔る美しの国【零の巻】――あなたしか、見えない

西しまこ

第一章 月明かりの下で、あなたと出逢う

第一節 予言の神話

第一話

   神と人が近かりしとき、あらかじめ言ふに




 天降あもりつく 高輝たかてらす君 磐隠いはがくり 永くなりたり かけまくも ゆゆしきかも

 (天から降りていらした、美しく輝くようにわたしたちの地を照らす君。

  その君がお隠れになることが長く続きました。

  口にするのもはばかられることですが)


 *


 大君おほきみの 天降あもいまして あめの下 治め給ひし わご国の うるはしくあり

 (王が天からいらっしゃり、天帝の力でお治めくださったわたしたちの国は、

  とても豊かで美しいものでありました)


 冬ごもり 春さり来れば 鳴かざりし 鳥も来鳴きぬ 咲かざりし 花も咲きたり

 (冬が終わり春が来ると、冬の間は鳴いていなかった鳥が来て鳴き、

  冬の間は咲いていなかった花も咲きました)


 山はみ 青垣深し 空は澄み 声天に抜け もとの 平らかならむ

 (山は茂り、青あおと美しく、空は澄んで、王の声は天に届いていました。

  そのようにして、日の本の国は平和で豊かであったのです)


 *


 天よりの 御力みちから なば 諸人もろびとの 惑ひ乱れて 天地あめつちの みのり消え失せ

 (天から授かったお力が消えてしまうと、

  人びとの心は惑い乱れてこの世から実りはなくなり)


 ちはやぶる 人をやわせず す国に 鳥鳴かざらむ

 (荒々しい人を和ませることも出来ません。

  国に鳥が来て鳴くこともなくなるでしょう)


 冬来たり 花咲かずして 山茂えず 常闇とこやみおほ

 (冬が来たのです。花も咲かず、山も繁茂しなくなります。

  永遠のような闇が世を覆いました)


 *


 言はまくも あやにかしこき ひさかたの あま伝ひ来る

 (言葉で言うのもまことに畏れ多いことですが、乱れた世のあと、

  久しぶりに天から力を授かった王がこの地にいらっしゃいます)


 白雪ゆきじもの 御髪みぐしなびかせ 神光じんこうの 金のまなこを いだきたる 大君おほきみ天降あも

 (雪のように白い髪をなびかせ、神の光が宿った金色の瞳を持った王が

  この世にお生まれになるのです)


 あまぶや こと神に 天翔あまがける ことばたずさへ いつきして 清らかならむ

 (その王の言葉は天を飛んで神に届くでしょう。

  天翔ることの出来る祝詞を操る力を持って、潔斎をなさり神と通じ、

  美しく清らかな魂でいらっしゃることでしょう)


 

 御姿みすがたは 祥瑞せうずいの鳥 表して 濡烏ぬれがらす 共にり 

 (そのお姿は祥瑞鳥を表していて、

  濡烏の髪と瞳を持った妃がともにいらっしゃいます。)


 大異たいいの鳥も 安らかに はらひ給ひて

 (大異鳥をも安らかに慰め従えなさって)


 白と黒 いや繁しげに 万代よろづよに かくもあらむと

 (白と黒のおふたりが国をますます栄えさせ、

  万代までこのように豊かでありましょうと)


 栄えたる 瑞穂みづほの国を ことで あどもひたまふ

 (栄えていて豊饒な国を言葉の力で統べなさいます)



 白の君 白き小さき 花花はなばなを 父母ちちははとして 黒のは 外よりきた

 (白の君は、白い小さな花を象徴花に持つ方々を父母としてお生まれになり、

  黒の妃は外からいらっしゃいます)


 鳥が鳴き 花の舞ひをり ちはやぶる 人をやはせて 国治む

 (鳥が鳴いて歌をうたい、象徴花が舞い、

  荒々しい人々をなごませて味方にして心を捉え、国を治めます)


 白と黒の世 千万ちよろづに いや常世とこよまで うるはしく 栄え給ふぞ

 (そのようにして、白と黒の世は千万に、常住不変の国として

  永く永く豊かに美しく栄えなさるのです)



 栄え給ふぞ

 (栄えなさるのです)

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