第10話 勇者降臨


 ……やがて、夜になりました。


 扉の向こうからは時々会話が聞こえてきて、少なくとも十人以上の傭兵たちがこの塔にいるのがわかります。


 夕方頃には、さすがに私が目を覚ましたと彼らも気づいたようですが、特に尋問されることもなく、ただただ閉じ込められています。


 彼らにしてみれば、朝になれば全て終わるのですし、事を荒立てるつもりもないのでしょう。


 あるいは、黒幕の大臣さんから私を丁重に扱うように指示されているのかもしれませんが。


「ところで団長、大臣様は隣国の姫をさらって、どうするつもりなんですかねぇ。これってもしバレたら、戦争になっちまうんじゃないんですか?」


「はっ、そうなったら傭兵の俺たちは便乗して儲けるだけだ」


「傭兵ってのは脳筋連中ばっかだねぇ。この国はともかく、向こうの国は戦争する余力なんてないよ。勇者に頼らなきゃ何もできない、貧乏国家なんだから」


「でもあねさん、東の大陸では、紅玉の勇者が誕生したって噂らしいっすよ。なんか続々と新しい勇者が生まれてますし、俺たちの国もうかうかしてられないんじゃ」


「あくまで噂でしょ。今日は疲れたし、あたしは先に休ませてもらうから」


 扉に張りつくようにしながら、彼らの会話を盗み聞きます。


 紅玉の勇者とは、一体何者でしょう。私やタケルさんのように、他の国でも勇者召喚が行われたのかもしれません。


「カナンさん、聞こえる?」


「うひっ」


 扉の向こうの声を聞き漏らすまいと神経を研ぎ澄ませていたところに、タケルさんからの通話が入りました。


 他人には聞こえないとはいえ、突然頭の中に声が響いてくるのは心臓に悪いです。


「タ、タケルさん……どうしたんですか? 騎士団の協力、得られました?」


「ううん。それが無理でさ。結局、僕一人で来たよ」


「え、一人……? もう塔の中に潜り込んでいるのですか?」


「近くにはいるけど……外かな。カナンさんの居場所はわかったから、ちょっと窓から離れててね」


「すでに窓からは離れていますが、あの窓は開か……」


 そこまで話した時、轟音とともに木製の窓が吹き飛びました。


 思わず顔を覆ったあと、おそるおそる窓があった場所へ近づきます。そこにはラオラオの果実の欠片がいくつも落ちていました。


「その実、爆発するって聞いてたからさ。木窓くらいなら破壊できると思ってたけど、上手くいってよかった。もうすぐ行くから」


 そんな通話が聞こえ、私は思わず下を覗き込みます。


 すると、塔の壁に茂ったツタをよじ登ってくるタケルさんの姿が見えました。


「ちょ、ちょっと何をしてるんですか!? 危ないですよ!」


「このツルは丈夫だから、僕の体重くらい支えられるよ。元の世界に同じような植物があってさ……いや、むしろこっちのほうが強いかもね」


 ……そういえば、彼は植物に詳しいと言っていましたね。すっかり忘れていました。


 傭兵団が守る塔に単身乗り込んでくるなんて無謀と思ってはいましたが、まさかこんなやり方をしてくるなんて。


「いやその、ツタがどうこうではなく、タケルさんの体力のほうが心配で……」


 私は塔の上で右往左往しますが、それ以上にできることはありません。ただひたすら、彼が落ちないように祈り続けることしかできませんでした。


「……それにさ、僕、戦いは苦手だけど」


 さすがにきついのか、息を荒くしながらタケルさんが続けます。


「囚われの姫を助けに行くとか、勇者っぽくないかな」


 その言葉に、じんわりと胸の奥が温かくなりました。もしかすると私は少し、泣いていたかもしれません。


「……勇者様、もう少しですよ!」


 少しでもタケルさんの力になれるよう、私は声を張り上げて、思いっきり身を乗り出します。


 彼の姿はもうすぐそこでした。


「……人の部屋の下で、賑やかなことねぇ」


 ……その時、上から声が降ってきて、私はとっさに顔を上げます。


「え、誰?」


 通話ではなく、すぐ下からタケルさんの声がしました。


「私をさらった張本人です。まさか、上の階にいたなんて……」


 私が言い終わるよりも早く、彼女は弓をつがえます。


「安心しな。姫様には当てないよ」


「タケルさん、危ない!」


 私はとっさに叫びますが、壁をよじ登ってきているタケルさんは避けようがありません。


 風切り音を残して私の横を過ぎ去った矢は、その左肩に深々と突き刺さりました。


「うわああっ!?」


 彼は右手一本でその場に踏みとどまりますが、よじ登る余力は残っていないようです。


「あら、耐えたのね。それじゃ、もう一発」


 続く矢をつがえる彼女を見て、私は居ても立ってもいられませんでした。


「タケルさん、すれ違いざまに私の手を掴んでください! 同調チューニングしましょう!」


 そう言いながら、私は窓の外へと身を投じます。


「なっ……!?」


 その様子を見た女性が驚きの声を上げますが、無理もないでしょう。塔から飛び降りるなど、傍から見れば自殺行為でしかないのですから。


「……カナンさん!」


 彼もツタを掴んでいた右手を離し、私に向けて差し出してきます。


 互いに地面に向けて落下しながらも、しっかりと手を繋ぎました。


 ……直後に緑の光に包まれ、私たちはひとつになります。


「な……なんなのよあいつ。二人の人間が一つに……まさか、あれが勇者?」


 同調した姿で地面に降り立つと、上から憎々しげな声が聞こえてきます。


 随分と距離があるはずですが、同調によって聴力も向上しているのでしょう。


「さすが『同調チューニング』だね。あれだけの高さから落ちてもノーダメージだなんて」


「それよりタケルさん、矢で射たれた肩は大丈夫ですか?」


「うん。自然治癒能力のおかげかな。もう全然痛くないよ。心配かけてごめんね」


「い、いえ……私のほうこそ、心配させてすみませんでした」


 そんな会話をする間も、塔の上からは何度も矢が飛んできますが、タケルさんはその着弾点も全てわかっているようで、ことごとく剣で弾いていました。


「ちっ……あんたたち、出番だよ!」


 やがて彼女が叫ぶと、塔の中から続々と傭兵たちが出てきます。


 今更何人出てこようと、同調した私たちの敵ではありません。


 ……さあ、けちょんけちょんにしちゃいましょう!

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