第7話 勇者様はコミュ障です!?


 翌日の早朝、私は階下から聞こえた罵声で目が覚めました。


「ちょっとタケルさん、起きてください」


 手早く身支度を整えてから、床で眠るタケルさんに声をかけます。


「え、何、もう朝ごはん?」


「違います。なんだか外が騒々しいんですよ」


 どこか間の抜けた声を出す彼を揺り起こし、着替えを済ませてもらいます。


 それから静かに部屋を出て、手すりの陰から一階の様子を覗き見ると……そこではいかにもガラの悪そうな三人の男性がマスターを取り囲んでいました。


「オッサン、今日という今日は借金を返してもらうぜ?」


「俺たちも暇じゃねーんだ。耳を揃えて出したほうが身のためだぞ?」


「き、昨日から新しい店員も入って、客も増えそうなんだ。もうしばらく待ってくれないか」


「もうどれだけ待ったと思ってんだ。店員を雇う余裕があるなら、金あるだろ。出せよ」


 会話を聞く限り、どうも穏やかではありません。借金取り本人ではなく、その借金取りが取り立てのために雇ったゴロツキといった感じです。


「タケルさん、加勢してあげてくださいませんか」


「え、僕? なんで?」


「女の私が出ていってもあしらわれるだけですから。タケルさんは男の人でしょう?」


「僕、こう見えて人見知りのコミュ障なんだよ。人と話すのが苦手なの」


「はい? 私とは普通に話しているではないですか」


「そ、そうだけど……カナンさんは特別というか、話しやすいと言うか……」


 ごにょごにょと、彼の声が小さくなっていきますが、その言い分はわからなくもないです。同調チューニングという名の契約を結んだ勇者と姫巫女が親密な関係になれないのはおかしな話ですから。


 言われてみれば、タケルさんは私以外とはほとんど口を利いていないような気もします。謁見の間でも、基本私に話しかけていましたし、昨夜のマスターとの会話も、どこかぎこちなかったです。


「とはいえ、あの人が困っていますよ。なんとかしようとは思わないんですか?」


「無理だよ。あんなところに割って入ったら、最終的には『てめぇ、ふざけやがって。表に出ろ』って言われて、強制戦闘のフラグが立つよ」


「またわけのわからないことを言って……危なくなったら同調しますから。早く」


「うわっ」


 うじうじする彼にわずかな苛立ちを覚えた私は、その背中を軽く押します。


 すると足を踏み外してしまったのか、彼は階段を滑り落ち、ゴロツキたちの目の前に転がり出てしまいました。


「……あ? なんだてめぇは」


「あの、えっと、その」


 私は隠れたまま、タケルさんと彼らのやり取りを見守ります。


「言いたいことがあるならはっきり言えよ。妙な奴だな」


「しゃ、借金、もうしばらく待ってくれって言ってるんだし、待ってあげたらどうですか……?」


「ははぁ、ひょっとしてこいつが新しい店員か? どうせなら店主の借金、お前が代わりに払ってくれねぇか?」


「いえ、ゴロツキさんに払うお金はないのです。帰ってください」


 タケルさんはしどろもどろになりながら言葉を紡ぎますが、火に油を注いでいるだけの気がします。


 コミュショウ……というのがどんなものかわかりませんが、もっと機転を利かせて喋れないものでしょうか。


「……てめぇ、ふざけやがって。表に出ろ」


 そうこうしているうちに、タケルさんの言っていた通りの展開になりました。


 三人のうちの一人に腕を掴まれて、彼はずるずるとお店の外へ引っ張り出されていきます。


「カナン姫、助けてー!」


 情けなくも私の名前を呼ぶ彼に半ば呆れながら、私は階段を駆け下ります。


 そして外の石畳を引きずられていく彼の手を、滑り込むように掴みました。


 直後に手のひらの紋章が光を放ち、私の意識は翡翠色の光に飲み込まれます。


 そして気がつけば、タケルさんとの同調は完了していました。


「ありがとう。助かったよ」


「……まさか、あそこまで予想通りの展開になるとは思いませんでした。タケルさんの言葉と一語一句違いませんでしたよ?」


「お約束のパターンだからね」


 同調中なので彼の表情は見えませんが、苦笑しているのでしょう。


「お約束……ですか、なら、私たちのこの姿を見た彼らはなんと言うと思います?」


「て、てめぇ、何だその恰好は!? かな」


「て、てめぇ、何だその恰好は!?」


 同調の際に発生した衝撃波に吹き飛ばされていたゴロツキたちが起き上がり、そのうちの一人がそう口にします。これまた全く同じでした。


「おいおい、あいつ、さっきと見た目が変わったぞ? 曲芸師か何かか?」


 緑のオーラに包まれながら佇むわたしたちの姿を見て、彼らは顔を見合わせます。


「勇者に対して曲芸師とは、失礼な方々ですね」


「仕方ないよ。彼らは知らないんでしょ?」


「まだ隣国までは、翡翠の勇者の話は伝わっていないと思いますが」


 タケルさんの中でそんな会話をしつつ、彼らに視線を送ります。


 私たちが剣を持っているのに気づいたのか、ゴロツキたちはそれぞれ武器を構えて、こちらの様子を伺っていました。


「……あ! あの財布!」


 その時、彼らの中の一人が腰から下げている財布に見覚えがありました。あれは間違いなく、昨日盗まれてしまった私の財布です。


「その財布! 返してください!」


「ちょっと、カナンさんの声は彼らには聞こえないんだから、落ち着いて。頭が痛いよ」


 ……そうでした。思わず叫んでしまいましたが、同調中は私の声はタケルさんにしか聞こえないのでした。


「その財布さ……知り合いのなんだけど、返してくれない?」


 おずおず……といった様子でタケルさんが問いかけますが、ゴロツキたちは証拠がないと言い、せせら笑います。


「なんて白々しい態度ですか。債務者への恫喝行為に加えて、人の財布まで……タケルさん、けちょんけちょんにしてください!」


「けちょんけちょん、って……姫様らしくない発言だね」


「つべこべ言ってないで! 来ますよ!」


 その矢先、ゴロツキさんの一人がナイフを手に飛びかかってきました。


「この距離なら当たらないよ。この鎧、まるでセンサーでもついてるみたいに、敵の攻撃が近づくと教えてくれるんだ」


 タケルさんはあっけらかんと言って、必要最低限の動きでそれを避けます。


 そしてゴロツキさんの攻撃が豪快に空振るのを見届けたあと、その背中に向けて強烈な蹴りを放ちました。


「どわあ!?」


 タケルさんも手加減はしているのでしょうが、同調によって強化された身体能力から放たれる蹴りは相当な威力なのでしょう。大の男の人が、ゴロゴロと地面を転がっていきます。


「近接武器を持った相手なら、だいたいその動きがわかるようになってきた気がするよ」


「ゴブリンたちもナイフを持って襲いかかってきましたもの。あの戦いが役に立っていますね!」


「この人たちには悪いけど、ゴブリンより弱いかも」


「言いますね。それでは、さっさと財布を取り返しましょう! あ、一応相手は人なので、手加減はしてくださいね!」


「うん。わかってる」


 聞こえてくる彼の言葉は同調前とは違い、えらく自信に満ちあふれているように思えます。


 同調中はゲームのようだと言っていましたが、彼のあの自信は、得意だというゲームから来ているのでしょうか。


「……さっきから一人でブツブツ言いやがって、こいつ!」


 その時、残された二人が一斉に攻撃を仕掛けてきました。


 タケルさんはそんな彼らの攻撃を真上に跳躍してかわし、着地と同時に剣先を地面に突き立てます。


 その直後、周囲に緑色の衝撃波が巻き起こり、至近距離にいた二人はまとめて吹き飛ばされていきます。


 その拍子に、彼らの持っていた私の財布が音を立てて地面に落ちました。


「あいてて……なんだよあいつ、全く歯が立たねぇ」


「さっきとはまるで別人……はっ」


 その財布を拾い上げていると、起き上がった彼らはタケルさんの剣を驚愕の表情で見ています。


「まさか、その翡翠色の剣は……隣国に現れたっていう、新しい勇者か?」


「え、そうだけど」


「じょ、冗談じゃねぇ。勇者なんて相手にしてられっか! お前ら、逃げるぞ!」


「お助けー!」


 剣を見ながらわなわなと震えていた彼らでしたが、やがてそう叫ぶと、一目散に逃げていきます。


 私とタケルさんは同調を解除しつつ、逃げ去っていく彼らの背を見つめていたのでした。

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