絶叫
ガクッと首が
「ですが、先生は助けてくれる。そうですよね。私を助けに来てくださったんですもの。この声を消してください。今度こそ、確実に」
吉良はじっと正面を見ていた。息がかかるほどの近くにある深く皺が刻まれた顔を見ていた。一体どこを見ているのか。もはや椿の瞳は焦点が合っていない。
「どうしたのですか、先生。教えて下さい。方法を。知っていらっしゃるんでしょう。さては、怒っているのですか。私が赤ちゃんを死なせたことを。でもね、私のせいではないのです。悪いのは産んだ母親です。
生きるために手段は関係ない。それは一つの真実だろうと、吉良は頷いた。あやかしになってまで生まれてこようとする力を目の当たりにしたのだから否定はできない。
「──ですから同じことなんです。あなたが殺した大勢の赤ちゃんも生きようとしていた。必死に。その思いと力があなたに声となって聞こえているのではないのですか? あやかしとして生まれてきたのではないのですか?」
なぜ自分だけ助かろうとしたのか、誰かに救いを求めなかったのか。責任を追及しようとする言葉はつらつらと頭の中に浮かぶ。相手の非が明確な糾弾は簡単だ。
吉良は握った手にさらに力を込めた。爪が食い込み、鋭い痛みを与える。そうまでしてようやく感情に任せてぶつけそうになった言葉を呑み込んだ。
予想に反した台詞が返ってきたからなのか、それとも本人にしか聞こえていない声が激しくなったのかはわからないが、老婆の笑みはだんだんと引き
「……でも、死んだら終わりでしょ? それなのにいつまでも纏わりついてくるんですよ。声を消してほしいと思うのは当たり前のことですよね。生まれてすぐに死んだくせに
「……無理です」
乾いた唇を舐めて開けた口から自然に漏れ出ていた言葉に吉良自身も驚いていた。内に溜め込んだ黒色の感情を握り締めていた手はあっさりと解放される。
「えっ………………?」
二の句を継げずに口を開閉させることしかできない疲れ切った表情を眺めながら吉良はおもむろに椅子から立ち上がった。
「無理だと言いました。私にはあなたの怪異を解決する術はない。あなたにしか聞こえない声があやかしではなく幽霊だと言うのなら、お役に立てません。私の専門外ですから」
「……へっ? ……へっ?」
それ以降は言葉にならなかった。吉良はすかさずベッドに置かれたナースコールを押すと、踵を返してドアへと向かう。駆け付けてきた足音が止まり、ドアの鍵が開いた瞬間に病室の外へと出ていった。
「どうしましたか──ちょっと何を!!」「椿さん! やめて! やめなさい!」
窓辺に置かれた花瓶が砕け散る。一輪の椿の花がポトリと床へと落ちた。
吉良は決して振り向かなかった。赤子の声などまるで聞こえない。聞こえるのはただ、狂ったような絶叫だけだった。
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