お土産と急く心
行って帰ってくる。
帰りの電車が椿の住む町を抜けたところで、吉良は帰っている旨を簡易なメッセージにしたためて送った。
傍らに置かれたお土産の紙袋の中からは甘い香りが漂ってくる。吉良は、その紙袋に手を入れると中から一冊の本を取り出した。お菓子の箱の上にちょうど空きスペースがあったのだ。
書名は「あやかしと幽霊の変遷」。分厚い専門書であやかしと幽霊の成り立ち、そしてその違いが詳細に検討されていた。
お土産を買う際に途中立ち寄った本屋の中で見つけたものだ。
目次を辿り、ページを捲って眼鏡を上げる。あやかしの成り立ちはすでに明かされている。人の想い、願いがあやかしを生み出し形を作り上げる。だからいつの世もあやかしの存在は不安定で中には明確な形になれないまま消滅する運命を辿る者も多い。
対して幽霊の存立条件は明確にされていない。あやかしと幽霊の境界線は曖昧なところもある。出産時に亡くなった女性の想いが形となった産女と呼ばれるあやかしは、幽霊と紹介されることもある。
あやかしと幽霊がただ違うのは、幽霊はあくまでも先に実体があったことだ。人でも動物でも先にはっきりとした存在があり、死後幽霊となるとされている。あやかしは化けるが、幽霊は化けない。幽霊は生前の執着を死後なおも引き摺りその解消を求める。
ならば椿杏──あの老婆に憑いているものは何なのか、老婆にしか聞こえないという赤子の声は何なのか。あやかしとしての形は消滅した以上、それがきっと幽霊と言うものなのだろう、と吉良は結論づけた。
結局、長年掛けた儀式は失敗し行き場のなくなった執念が老婆に取り憑いているのだ。あるいはそれが、恨みなのかもしれない。
吉良は本を閉じると顔を上げた。いつの間にか向かいの座席に赤子を抱いている母親の姿があった。隣に座る父親と覗き込むようにして眺めている赤子はすやすやと寝息を立てて眠っていた。
少し微笑むと、吉良は再び本を仕舞った。幽霊のことはわからない。だから後はもう年老いた椿杏が自分でなんとかするしかない。
「……少し、疲れたな」
ぼそりと独り言を言うと、吉良はお土産を胸に抱いて目を瞑った。瞬く間に意識は暗い闇の底に落ちていく。
電車は速度を上げていった。家族の元へと、生まれたばかりの我が子の元へとはやる吉良の心を表しているかのように。
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