対面
目的地へ到着したときには、もうすでに夜の帳が下りていた。人足はほとんどなく寒空の中を冷たい風が吹きつける。吉良は首をすぼめるとコートのポケットに手を突っ込んで椿が入院しているという病院へ足早に向かった。
病院は月岡を通じて事前に教えてもらっていた。あやかしによる症状が収まったあとは別の病棟へ移動させられたらしい。詳細は聞けなかったが、原因はある程度想像がつく。
先方にはあらかじめ連絡を入れており、向こうも訪問を歓迎していると聞いていた。意思の疎通は少なくとも取れるということだ。話が噛み合うのかどうなのか、真実を話してくれるのかどうかはわからないが。
受付で用件を伝えると、戸惑いの表情を浮かべた若手の看護師にかわり落ち着き払ったいかにもベテランといった佇まいの看護師が病室まで先導してくれた。おしゃべりな人らしく聞いてもいないのにあれこれと患者の様子を話してくれる。
「ずっとね、耳を手で塞いでいて。ご飯も食べようとしないんですよ。仕方なく看護師が口にご飯を運んで」「──あやかしの仕業だと言われれば逆に納得しますよ。病棟にいる他の患者さんとは全然違う。どこか異質なんですよね」「……常にブツブツ何か言っています。ときどきヒヒッっていう感じで変な笑い声を上げてね」「私達では手に負えないというか。病気……とも違うんですよね」「……一度無理に手を離そうとしたことがあったんです。機能的には何も問題ないわけですからね。そしたら、壁に耳を激しく打ちつけ始めて」「──目がね、ゾッとするんです。こちらを見ているようで見ていないというか、空洞なんです。目はもちろんあるんですけどね」「常に交代で看護師がつきっきりです。放っておけばご自分の耳に何をするかわからないですから」
「ここです」と、厳重に閉ざされた扉の鍵を開けると看護師が先に中へと入った。一言二言、言葉を交わすと、再び扉の外に出てきて中へ案内する。吉良は大きく息を吸うと病室の中へと侵入した。
「いらっしゃい」
看護師の話しぶりから変わり果てた姿を想像していたが、椿杏はこの前面接で会ったときと何ら変わらない様子でベッドの上で横になっていた。
「あら。これでは話しづらいですよね」
耳から手を離さないように肘先でボタンを押してベッドの背もたれを動かすと、吉良の視線上に柔和な微笑みが移動した。
「ようこそ。遠くまでよくいらしてくださって。ありがとうございます。耳ですか? 大丈夫です。耳を塞いでいても話し声は聞こえるんですよ。どうぞ、お掛けになって」
看護師の言う通りだった。口調や表情は上品なほどに丁寧で、物腰も柔らかいのに窪んだ瞳だけが色がなかった。そこだけぽっかりと穴が開いたみたいに。
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