巡る思い
電車が風を切る音がしてトンネルへと入った。暗闇が巨大な目を開く。長い長いトンネルだ。
暗闇の中では何かを見たのだろうか。それとも知らない振りをし続けたのだろうか。
いったいどれほどの長い時間、知らない振りをし続けてきたのか。聞こえる声に耳を塞ぎ、罪を償うのではなくあまつさえ誰かに擦り付けようとしていた。
ほんの短い時間晒されているだけでもおかしくなりそうな泣き声を何年、何十年と聞き続けた末に。
嬉々とした様子は日記からも伝わってきた。纏わりつく声を消し去ろうと試みた全ての希望が終えたとき、
置いてくればいい。最高のアイディアだったに違いない。実行のためには費用も時間も掛かるが関係ない。実行した後には誰かに被害が生まれるかもしれないが関係ない。
とにかくこの声を頭から消し去れればそれでいい。そして今回の怪異が生まれ、新たな名も無いあやかしが誕生した。
トンネルを抜けて照らし出す光に目が眩む。
二度誕生し、二度死んだ。遠いトンネルを抜けてようやく上げた産声を口を塞いで沈黙させた。もちろんそれは結果であってそこまでの事態を想定していたわけではない。
あやかしが生まれるなど考えにも及ばなかっただろう。何十年も前の声を消そうとしただけなのだから。
ぐるぐると巡る考えと感情は自身を訪ねた椿の元へと向かっていった。同じように電車に揺られ、同じように考えを巡らせていたに違いない、と吉良は確信していた。移りゆく景色が促すからだ。考えることを、答えを見つけることを。
吉良は窓枠に頬杖をつくと人知れずため息を吐いた。椿と自分、全く真逆なことを考えていたことは予想がつく。唯一の点を除けば。
赤子とあやかし、その違いはあるとしても死なせたのは同じだ。どちらも誕生した生命と捉えれば、変わらず同じことをやっている。
さっきと反対側から子どもを抱っこした父親が戻ってきた。すれ違いざまに子どもは吉良に向かって手を振る。吉良も小さく手を上げようとしたが、疑うことのない満面の笑顔の前に止め置いた。パチパチと不思議そうな目が瞬きをして通り過ぎていく。
だから吉良は流れるままに考えていた。同じ電車に乗ればわかるかもしれないと、もしかしたら答えが見つかるかもしれないと。
椿杏がなぜこんなことをしたのか、怪異の元凶となったのか。その理由が心の内がわかるかもしれないと。
依頼人の悩みに寄り添い怪異を見つめ解決の糸口を探る。それこそが、吉良の仕事だからだ。
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